米国のイチゴ工場、200億円の資金調達 NTTや安川電機が認めた「日本人経営者」:植物工場の夜明け(1/2 ページ)
米国で「イチゴ工場」を運営する日本人経営者が、シリーズBで200億円を調達した。投資家の期待の大きさが数字に表れている。世界初となる「植物工場でのイチゴの量産化」に成功したOishii Farmの古賀大貴CEOに話を聞いた。
2月28日、「植物工場の夜明け」と呼べる出来事が起こった。世界で初めて植物工場でイチゴの量産化に成功したOishii FarmがシリーズBで、NTTや安川電機を筆頭に19の投資家から200億円の資金調達をしたのだ。
植物工場とは、屋内で完全人工光で作物を生産するシステムを指す。従来、農作物を育てるには広大な土地が必要だったが、植物工場では垂直農法を採用していることもあり必要ない。テクノロジーを活用し、水や光の量などを調整しながら安定的な作物供給を実現できる。
実は2000年代初頭、日本はこの植物工場という画期的な仕組みと技術において世界から一目置かれる存在だった。パナソニックや東芝などのメーカーがLEDやIoT技術を活用して取り組んでいたのだ。しかし、植物工場生まれの作物が市場に定着することはなかった。
日本では既存の農作物の品質が高いことに加え、流通のサプライチェーンが整っているため、新鮮でおいしい農作物が1年中手に入る。また、植物工場では受粉を必要としないレタスなどの葉物野菜しか育てられないというのも市場から姿を消した理由として大きい。
Oishii Farmは、日本では日の目を見なかった植物工場を米国で立ち上げた。主力商品はイチゴ。受粉を必要とするので、これまで量産化は難しいとされてきたが実現した。現在は、フルーツトマトの生産にも力を入れている。
世界初の偉業を成し遂げ、今も奮闘を続けるOishii Farmとはどんな会社なのか。なぜ米国で、なぜイチゴでの起業だったのか。植物工場を取り巻く市場や将来性についてなど、Oishii Farmの古賀大貴CEOに話を聞いた。
1粒600円超のイチゴ なぜ米国で飛ぶように売れたのか
Oishii Farmが18年に発売した「Omakase Berry」は、1パック8個入りで50ドル(当時約5300円)にもかかわらず飛ぶように売れた。マンハッタン周辺のミシュランの星付きレストランから注文が殺到したのだ。なぜ、世界の最高級が集まるニューヨークで美食家たちは日本のイチゴを求めたのか。
「米国のイチゴはおいしくないんですよ」と、古賀氏は米国の農業事情を説明する。
「米国では気候などの関係で、ほとんどのイチゴが西海岸のカリフォルニアで生産されています。ニューヨークに届くイチゴは、収穫から時間が経過しているため鮮度が低いことに加え、長距離輸送を前提とした固い糖度の低い品種が大半のためおいしくない」(古賀氏)
ニューヨークのセレブは鮮度の落ちた甘くないイチゴしか知らなかった。そこにOishii Farmがイチゴ旋風を巻き起こした。とあるミシュランの三ツ星レストランは、デザートにOishii Farmのイチゴを単体で提供し、Instagramで大きな話題を呼んだ。
では、なぜイチゴだったのか。植物工場は受粉が必要な作物とは相性が悪い。その前提を踏まえても、イチゴ以外の選択肢は無数に存在する。その理由について、古賀氏は日本で生活を送っていると意外と気付けないポイントを指摘した。
「イチゴにこだわったのは、イチゴの持つブランド構築力です。ブランドを瞬時に想起できる野菜やフルーツは多くありません。ただ、イチゴは『とちおとめ』や『紅ほっぺ』などブランドとして浸透しています。ブランド力を身に付けることで、植物工場業界のトップを目指せると思いました」と当時を振り返る。
21年にシリーズAで約55億円の資金調達を発表。工場の中で蜂が受粉する環境を整えたり、日本のイチゴのように高い糖度や大きなサイズのものを生産したりという、さまざまなハードルを超えた先に見えた景色だった。
翌年、大規模植物工場をニューヨーク近郊に建設し、イチゴの量産を開始した。これまでのお手製工場の10倍の生産量を実現し、高級スーパー、ホールフーズでも販売。生産量増加によって、価格も以前の50ドルから10ドルにまで落とした。
「まだまだOishii Farmのイチゴは高級品の位置付けです。さらに多くの方に楽しんでいただくために、コストカットを追求したい」(古賀氏)
ここで一つ疑問がわく。高いブランド力を身に付けたことは「安く作って高く売る」を実現できる土壌が整ったことを意味する。わざわざ価格を下げて、市場に広く流通させる狙いはどこにあるのか? という疑問だ。
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