大手新卒17年。自分のスキルは通用するのか?――ベンチャー企業に3カ月「留学」して得たもの(3/3 ページ)
「今の仕事ができるのも、自社の看板があるからでは? これまでやってきたことはよそで通じるのか?」――そんな思いを抱えていた大日本印刷に勤める渡邉厚太さんは「複業留学」のプログラムに参加し、ベンチャー企業での勤務を体験した。2006年に新卒でDNPに入社し、17年目にして初めて他社で働く経験をした渡邉さん。3カ月間の複業留学を経て、何を得たのか?
この機会があれば、辞めなかった人もいるのでは
渡邉さんは、3カ月の複業留学の期間が終わった後もAlgaleXの仕事を続ける選択をした。DNPとAlgaleXがビジネスパートナーとして契約を結ぶ形で、自業務を最優先としながらも、今もAlgaleXの販路拡大の業務を一部担っている。なお、複業留学を運営するエンファクトリーとしても、このようなケースはめずらしいという。
この3カ月の複業留学を経て、渡邉さんは何を得たのか。「外から自社を見ることで、気が付くことが多くありました」と話す渡邉さん。当初の「自分のスキルは果たして通用するのか」という課題に対しては「行けるな、と思いました」と笑顔を見せる。
また、渡邉さんはこうした取り組みが社員の離職防止にもつながるのではないかと話す。
「身の回りでも新卒同期や、自分より下の世代が当社を辞めることがあり、寂しいなと感じます。もし、こういう(外の環境でチャレンジする)機会があれば辞めなかった人もいるんじゃないかと」
DNPでも複業留学の取り組みはまだ始めたばかり。2021年に試験的に実施し4人が参加、23年に本格導入して渡邉さん含む6人が参加と、経験者はあわせて10人のみだ。渡邉さんのようにスキルを試してみたいという人のほかにも、普段は開発の仕事をしているが営業の仕事もしてみたかったと参加する人もおり、参加動機はさまざまだった。
「自分の今やっていることに満足していない人や、不満や焦りがある人、実力を試したい人には向いていると思います。在籍しながら外に出られるのは、ありがたい経験でした」
「健全な自己評価」を持って帰るという価値
この複業留学の取り組みは、どのようにして生まれたのか。複業留学を運営するエンファクトリーの松岡永里子さんは「今後、会社員はだんだん少なくなっていって、プロジェクトベースの働き方に変わっていく。ゆくゆくは会社というもの自体がなくなっていく――という考えで当社はサービスを展開してきました」と話す。
この考えに基づき、2017年にフリーランスやパラレルワーカー向けのプラットフォームを運営開始したが、時期尚早であまり多くのプロジェクトが立ち上がらなかったという苦い経験をした。そこで、フリーランスやパラレルワーカーに向けたサービスよりも「企業内の個人」に焦点をあてたサービスが求められているのではないかと、舵を切って生まれたのが複業留学だという。
「本業と別の足場を持つ『越境学習』の機会を作ることで、キャリア自律につながるというサービスを企業向けに提供しようと、複業留学の仕組みを企画し20年の7月にリリースしました」
その後、リスキリングや人的資本経営、キャリア自律などの注目度が上がったこともあり、導入企業が順調に増えている。現在、複業留学の導入者数と参加者数は40社、200人以上。“留学先”として提案可能なベンチャー企業は300社あまりだ。
23年8月には「ベンチャー留学」の名前で、個人向けサービスも開始した。個人向けサービスは費用面で難しいと考えていたが、経済産業省の「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」による補助金が後押しとなり実現した。
「自分自身に対して『自社の外では通用しないかもしれない』『市場価値がないかもしれない』というレッテルを持っている方は少なくないです。ただ、それは思い込みのことが多いと感じています。実際、複業留学やベンチャー留学の参加者もやりがいやモチベーションを高く持って参加してくださり、受け入れ企業から感謝され、評価される方が多いです」と松岡さんは話す。
「自分のスキルを過小評価している人、できるのにできないと思いこんでしまっている人がこうした取り組みに参加されて、健全な自己評価を持って帰る様子を見ると、すごく希望を感じます。このように一人一人の方の可能性が開いていくと、日本の停滞感が少しは打破できるのではないかと思います」(松岡さん)
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