社員がリスキリングしてくれない 体系化を促進する“コンピテンシーマップ”の必要性
実際にリスキリングを進めようとすると、さまざまな課題に直面する企業が多い。企業の人材戦略を明確にできる“コンピテンシーマップ”とは何なのか? 企業の人材育成支援事業に取り組むアルー社長が解説する。
ここ半年で、企業が人材に求めるスキルが大きく移り変わったような印象を受けます。その背景としてはやはり、「ChatGPT」を始めとした生成AIの台頭が一つあるのではないでしょうか。こうした技術の発展に備えるための一つの方法として注目され始めたのが「リスキリング」です。
リスキリングとは、「あらゆる人が持つあらゆる可能性を切り拓いていくために、必要なスキルをあらためて獲得する/させること」です。前述のように現代のビジネス環境における個人と組織の関係性の変化が、個人が自己のスキルを継続的に磨き、組織が個人の成長を支援する環境づくり、つまり「リスキリング」の重要性を高めているのです。
そんな注目されているリスキリングですが、実際にリスキリングを進めようとするとさまざまな課題に直面する企業が多いのではないでしょうか。そもそも社員が自発的に学んでくれるようなモチベーションを上げることも難しいですし、逆にリスキリングを進んで行ってくれた社員にインセンティブを与えるなどの企業制度を設けるのもかなりハードルがあると考えています。
加えて、社内の役割やポジションに必要なスキルを可視化させることにつまずいてしまうケースも多いでしょう。仮に導入されているeラーニングサービスなどを活用しようと思い立ったとしても、社員が自身のキャリアイメージに合致した学習目標を設定したり、企業が効果的な人材育成計画を策定したりすることも難しいのではないか、とも思います。こうした課題は、多様な職種や役割が存在する大企業で、より顕著に見られています。
人事・経営者目線としても、一旦eラーニングの受け放題サービスを導入してみたものの、利用率が低く効果が限定的になってしまい、継続するかどうかの判断に迷ってしまうといった話もよく聞きます。小手先で改善をしようとしても、多彩・豊富なコンテンツを用意しているにもかかわらず利用率が低い、低い利用率を上げるためにコンテンツを追加する、追加したにもかかわらず利用率はやはり低いまま、といった悪循環に陥ってしまうことも多々あります。
落合文四郎 アルー株式会社 代表取締役社長。1977年、大阪府生まれ。2001年、東京大学大学院理学系研究科修了後、株式会社ボストンコンサルティンググループ入社。2003年10月、株式会社エデュ・ファクトリーを設立し、代表取締役に就任。2006年4月、アルー株式会社に社名変更。「夢が溢れる世界のために、人のあらゆる可能性を切り拓きます。」をミッションに掲げ、企業の人材育成支援事業に取り組んでいる
企業の人材戦略を明確にできる“コンピテンシーマップ”とは
こうした背景から、リスキリングを成功させるにはスキル習得と、社内の役割・ポジションとの関連性を明確にし、社員がその意義を実感できるための「体系化」が不可欠だと考えています。
これまで多くの企業の育成プログラムを構築・提供してきた当社が推奨している体系化の方法が“コンピテンシーマップ”です。コンピテンシーとは、「社員が職務や役職において優秀な成果を発揮する行動特性」という概念で、その概念を社員の職務や役職において優秀な成果を発揮できる階層別・領域別に整理・体系化し「見える化」したものがコンピテンシーマップです。
研修の目的や内容と、その効果を示す「道しるべ」のようなものだと思っていただけたらと思います。コンピテンシーマップを作成することで、レイヤーごとに求められるスキル・知識の可視化を助けるだけでなく、価値観や特性などといった目に見えづらい要素も整理でき、最終的には企業の組織・人材戦略の策定にも通ずる発見ができると思います。
コンピテンシーマップの作成にあたって必要なことは、「自社にとって必要な人材に求められるスキルおよび、それを発揮できる特性・環境下がどのようなものか」を定義づけることです。最初に求めている人材像を定義づけすることで、そこから逆算し役職や等級、レイヤーごとで社員に求められる期待役割を明確化できます。
加えて作成に当たっては人事・経営者目線だけでなく、個々の社員の視点を取り入れることも重要です。会社の期待や個人の思いなどの意見を聞きつつ、それぞれを両立させていくことで、人事部から押し付けられたものといった印象を防ぐことにつながります。
“コンピテンシーマップ”をうまく活用 よりよい企業へと変化させるために
コンピテンシーマップが作成できたら、次は社内への浸透と活用を目指していく必要があります。社員が目的意識をもって学び直したり学びを深めたりすることができるよう、導入の意義、背景、社員にとってのメリットをきちんと伝えていきましょう。管理職への教育を丁寧に行うことはもちろん、定義されているコンピテンシーを各事業部門が具体的に理解できるよう、翻訳することが大事です。そしてただのお題目で終わらないために、人事制度ともうまく連動させることも重要です。
社員に向けては、より自分ごと化しやすいようひとりひとりに合った「必須のコース」を提案できるようなアプローチを心掛けていきましょう。例えば、すでに導入している学習系のコンテンツ・サービスがあれば、コンピテンシーマップを基にそれぞれのレイヤーごとで必要な講座をひもづけてみることも大事です。
手間はかかってしまいますが、これらのように企業の全体戦略からそれぞれの制度・研修を体系化させて組み立てていくことで、初めて企業・社員双方によりよいリスキリング環境づくりが整うのです。
次回は、コンピテンシーマップの具体的な作成方法をご紹介します。
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