Lumadaは日立のビジネスをどう変えたのか 「部門間の連携」を生み出した変革の意味:「シリーズ 企業革新」日立編(1/2 ページ)
Lumadaによって日立のビジネスはどう変わったのか。その変遷と現状について、日立製作所マネージド&プラットフォームサービス事業部の広瀬肇事業主管に聞いた。
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業績好調の日立製作所をけん引しているのが、2016年にスタートして今や売上高の4分の1以上を占めているLumada事業だ。今後も拡大を続けて、将来的には売上構成比を全体の50%以上に高めることを目指している。
Lumadaはデータから価値を創出してデジタルイノベーションを加速するための、先進的なデジタル技術を活用したソリューション、サービス、テクノロジーの総称。顧客のデータから新たな知見を引き出し、経営課題の解決や事業の成長に貢献するビジネスモデルだ。
同時に、Lumadaは「考え方」でもある。日立が強みを持つインフラをはじめとするプラットフォームビジネスは、Lumadaによってデジタルに大きくシフトしている。
「シリーズ 企業革新」
好業績でまい進する企業や、自己変革を通じて成長の芽を作った企業の裏側を深堀りしていくシリーズ企画。伝統と歴史を持つ企業は、いかにして組織変革を成し得たのか。改革の中でどんな壁が立ちはだかり、どのように乗り越えたのか。第1弾は日立製作所の取り組みを追う。
本記事:Lumadaが変えた日立のビジネス
4回目: “1兆円買収”で日立はどう変わったのか
Lumadaによって日立のビジネスはどのように変わったのか。連載の3回目は、その変遷と現状について、日立製作所マネージド&プラットフォームサービス事業部の広瀬肇事業主管に聞いた。
広瀬肇(ひろせ・はじめ)日立製作所マネージド&プラットフォームサービス事業部事業主管。1999年入社。2005年から2010年まで米国に出向。クラウドサービスプラットフォームビジネスユニット マネージドサービス事業部 クラウドマネージドサービス本部本部長を経て現職(撮影:今野大一)
Lumadaが変えた日立のビジネス 「浸透の決め手」になったのは?
「今と比べるとビジネスユニット間の連携はあまりなかったかもしれないですね。私たちIT部門はITだけで仕事をして、製品を作る人は製品だけを作っていた面は、今思えばあったかもしれません」
広瀬氏が振り返るのは、日立が3度にわたって巨額赤字を出していた頃の社内における事業の進め方だ。広瀬氏は1999年に入社し、2005年から2010年まではソフトウェアエンジニアとして米国に出向。Hewlett-Packard Company(ヒューレットパッカード)との共同開発に携わった。
ちょうど広瀬氏が米国にいた頃、日立は創業以来「最大の苦境」に陥る。日本の製造業で当時最大となる7873億円の赤字を2009年3月期に計上。そこから復活を図るために、この連載の2回目【27万人の巨艦・日立はいかにしてDXを成功させたのか “知られざる変革劇”に迫る】で振り返ったスマトラプロジェクトが立ち上がり、経営リソースを社会イノベーション事業に重点投入する構造改革を始めた。
「米国に行った頃は、日本では大変なことになっているなという感じでした。帰国すると社内は大きく変わっていました。意思決定のスピードがどんどん上がっていて、業界に先駆けて新しいことを導入するようになっています。最初は改革をしていると言っても、一時的なものなのかなと思っていましたが、その改革がずっと続いている感覚です」
スマトラプロジェクトと社内のDXが進むのと並行して、日立のビジネスを変えてきたのが2016年からスタートしたLumadaだ。詳細は1回目【日立の好業績を牽引する“巨大事業”の正体 日立デジタルCEOに聞く】で触れているので、ここでは簡単に説明したい。
Lumadaは顧客のデータから新たな知見を引き出して、経営課題の解決や事業の成長に貢献するビジネスモデルだ。日立が強みとして持つ社会インフラの制御や運用の技術であるOT(Operational Technology)と、ITの最新のテクノロジーを搭載したIoTプラットフォームとして出発した。
その後Lumadaは進化して、現在では顧客の課題を理解するデジタルエンジニアリング、課題解決のシステムを構築し実装するシステムインテグレーション、運用の自動化や遠隔化などを行うコネクテッドプロダクト、そして保守にあたるマネージドサービスの4つのサイクルをデータで回す循環型のビジネスモデルに成長している。
同時にLumadaの考え方は、社内のあらゆるビジネスに影響を及ぼすようになっている。広瀬氏が帰国後に担当した統合システム運用管理ソフト「JP1」や、2023年6月に提供を開始したクラウド運用の改善とその成熟度の向上を図る「HARC」(Hitachi Application Reliability Centers)などにも、Lumadaの考え方に近いコンセプトが取り入れられている。
「HARCは、どちらかというとサービスだけを提供するのではなくて、サービスを提供する前の顧客のアセスメントから入って、顧客がどんな課題を抱えているのかを確認した上で、その課題を改善していく伴走型のサービスです。私自身、HARC以前にも、空気を圧縮した力で大きな機械などを動かすコンプレッサーのIoT化の事業で、リモートでメンテナンスをするソフトを開発したほか、水道管の漏水検知を振動センサーによって行うサービスなどにも携わってきました」
HARCや、それ以前に広瀬氏が携わったサービスは、いずれも現場の課題を解決するLumadaの考え方を取り入れたソリューションだという。
「これらのサービスは、私たちIT部門とさまざまなビジネスユニットが連携して作っています。市場が10年以上変わらない時期であれば、一つの部門で最適化するのも正しいと思いますが、新しいビジネスがどんどん出てくる時期は横の連携が必要です。横のつながりができたことによって、結果的に大きなソリューションを実現できるようになりました」
Lumadaを浸透させた取り組みと組織改革
2016年にスタートしたLumadaは、2023年3月期決算の時点で日立グループの売上高の4分の1を占めるまでに成長した。グループで9.7兆円の売上高を誇る大企業で、なぜ短い期間でビジネスモデルの変革を実現できたのか。広瀬氏はその理由の一つに社内の制度を挙げた。
「Lumadaは2016年に、社内でルールやコンセプトが打ち出されました。ただ、当初は私たちもよく分からなくて『上層部が何か新しいことを言っているな』と思っていたくらいです。そこから徐々にLumadaを現場に伝えるための研修や、Lumadaによって生まれたソリューションを表彰する制度などが徐々に準備されたことで、何をすればいいのかがだんだん分かってきました」
現場に浸透しはじめた要因は、Lumadaにファンドの仕組みができたことだという。Lumadaに基づくソリューションをオーナーで作った場合に、ファンドから資金が出て、その資金でソリューションを作れるようになったのだ。
「それぞれの現場が従来のビジネスを抱える中で、予算もなく自助努力だけでLumadaソリューションを作れといわれても難しいと思います。それがファンドから資金をもらえるようになったことによって『だったらやってみよう』という動きが出てきました。制度の整備や資金的な支援があったのは、Lumadaが浸透していく上で大きかったかもしれないですね」
社内制度を整備する一方で、日立はLumadaを推進していくために組織の在り方も大きく変えてきた。その一つが、中途採用の拡大だ。広瀬氏は「採用が大きく変わりました」と話す。
「2000年くらいまでは新卒一括採用で、どの事業部門に配属されるのか事前には分かりませんでした。その後、事業部採用が始まって、ここ5年くらいでは、従来ほとんどなかった中途採用がかなり増えています。グループ内での公募やフリーエージェントの制度も整備されてきました」
背景にはITの変化のスピードが激しく、組織が求めている技術も次々と変わってきている状況があるという。
「エンジニアで言えば、以前はマルチタスクなどを実現するOSのUNIXに詳しい人材を集めていました。その後、クラウドに詳しい人材が必要になり、今は生成AIの人材が必要になっている状況です。今いる人が再学習をして頑張る方法もありますが、それだけでは追いつかない部分があります。新しい知識を持った人を入れて、組織を柔軟に変えることが求められています」
もう一つ重要だったのはグローバル化と大型買収だ。2020年にスイスの電力大手ABB社の電力システム事業を約7500億円で買収。翌2021年には米ITコンサルティング企業GlobalLogic社を約1兆円で買収した。これらの大型買収が、Lumadaのグローバル展開を加速させている。
「すでにグループ社員の半数以上がグローバルになっています。役員クラスにも海外の方が増えました。彼らは経営のプロだったり、新しい技術に対する知見を持っていたりしますので、影響を受けることが多いです。HARCもいわゆるタイムマシン経営で、北米で展開されている先進的なサービスを日本に持ってきました。コロナ禍を経て、日本でもデジタルの新しいサービスを求めている企業が増えている印象です。グローバル化がビジネスの拡大につながっているのは間違いないですね」
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