「ニッセン売却」が象徴するセブン&アイEC構想の大失敗 カタログ通販に残された利用価値とは:小売・流通アナリストの視点(4/4 ページ)
5月9日、セブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)は、子会社の総合通販企業ニッセンホールディングスの全株式を売却すると発表した。これは同社が推し進めた、ネットをベースに連携させるオムニチャネル戦略「オムニ7」の失敗を意味する。EC全盛時代に、売却されるニッセンにはどんな価値が残されているのだろうか。
ECという大海に埋もれないために
EC大手である楽天の流通総額(取扱高)は6兆円、Amazonの日本国内での売り上げが3.7兆円という規模となっている。カタログ通販大手の数百億〜1000億円といった売上規模は、数多く存在するEC企業の1社としての存在感しかなく、ECの世界での主役にはとてもなれない。こうした中で、特定層へのアプローチができるチャネルを持っている企業ならば、たとえ企業規模が小さくても、ネットの大海の中に埋没せず、顧客を維持することができるのではないだろうか。
今回ニッセンを傘下に収める歯愛メディカル(石川県能美市)は、歯科医院向け通販を軸に、多忙な歯科医院関係者向けの通販という特殊なマーケットを掌握。今後はそれ以外の分野、つまり一般顧客向けのECの拡大を目指しているという。こうした企業にとっては、ニッセンのアクティブ顧客リスト(おそらく大半はECチャネル利用者)を買収金額の41億円で獲得できたことは十分価値がある。400億円の新規顧客購買リストを、10分の1の投資で買えたのなら安いものだ。
ECという新たなチャネルが浸透していく中で、カタログ通販大手は次々と存在感を失っていった。唯一、ECにシフトしない顧客層=高齢者に特化してそのニーズに応えることで、ベルーナは業績を保ち続けたが、それでも10年ほどで通販部門は採算が合わなくなった。特定年代に特化したマーケティングに成功しても、その集団は時の流れの中で消費の世界から退場していくからである。
団塊世代はECがお好みではなかったかもしれないが、これから高齢者になるバブル世代、団塊ジュニア世代はECが当たり前だ。少子高齢化を前提に、シニア向けのビジネスやマーケティングというのはよく聞くが、年代と世代を混同した認識を目の当たりにすることが少なくない。「高齢者」とは年代を意味するが、その時代により構成している世代が変わっていく。10年も経過すれば、その嗜好(しこう)は全く違うものとなる。「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」なのである。
ネットを使わない高齢者は少しずつ買い物の主体から引退し、カタログ通販へのニーズは確実に減っていく。その点、歯愛メディカルの歯科医院関係者というのは、時代を経ても入れ替わりつつ顧客でいてくれる可能性は高く、コア顧客の安定性は極めて高い。今後は、こうした特定顧客層をつかんだEC企業が、業界におけるM&Aの買い手として名乗りを上げることになるかもしれない。
著者プロフィール
中井彰人(なかい あきひと)
メガバンク調査部門の流通アナリストとして12年、現在は中小企業診断士として独立。地域流通「愛」を貫き、全国各地への出張の日々を経て、モータリゼーションと業態盛衰の関連性に注目した独自の流通理論に到達。
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