BAD HOPの「解散ライブマーケティング」は何がすごかった? SNS専門家が解説:電通デジタルが読み解く、SNSマーケの最旬トピックス(3/3 ページ)
2月9日に解散したBAD HOP、その「解散ライブ」当日までの全方位な話題喚起の波状設計は完璧でした。彼らの「解散ライブマーケティング」は何がすごかったのか、SNSの観点から分析します。
「解散ライブマーケティング」の設計から学べること
BAD HOPは、ヘッドライナーとして出演した2023年5月27日の「POP YOURS」(日本のHipHopフェスイベント)で、突如解散を発表しました。
そして解散までのプロセスとして、今後ラストアルバムをリリースし、6月から始まる最後の全国ツアーを終えた後、1日限りの解散ライブを行うとアナウンス。公式Xにて最後のライブをどこで見たいかファンに呼びかけました。
大事な決断のタイミングでは、ユーザーとのインタラクションの機会を設けるということ。それによりファンとの絆を示しつつ、意見を募集することで期待感を高めつつ熱量を保持するやり方が巧みです。
またこの解散発表と同時に、YouTubeで解散への想いを語ったインタビュー動画を公開。突然の出来事をユーザーが深く受け止め理解するための足場を準備している点も配慮が行き届いていると感じました。
そして、2023年9月の「THE HOPE」(POP YOURSと並ぶ国内最大級HipHopフェス)にて、ラストライブの会場が東京ドームとなることを明らかにしました。フェスはさまざまなアーティストのファンが集まる場であり、いわばHipHopシーン全体の注目度が高まるタイミングにあたります。そのピーク時に発表することによって、PRバリューを高めることに成功しました。
ここまでの情報発信の流れがすでにお見事ですが、怒涛の展開は続きます。まず2023年末にかけては、他のHipHopアーティストとのビーフ(抗争)が勃発し、双方が互いをディスりあう楽曲をリリースしたことでシーンを盛り上げました。
やや不穏な空気を伴ってしまうところが難点ですが、「対決」は人々のアテンションを集める最も強い物語装置の一つです。特にSNSでは両陣営のファンがスクラムを組むことで非常に大きなバズを生み出します。広告キャンペーンの世界においても、米国では、王者マクドナルドに対して、バーガーキングが挑戦的なキャンペーンを仕掛け話題を創出する例が知られています──まさに「ビーフ(牛肉)」の構図に他なりません。
このビーフは偶発的な要素が強かったであろうものの、その後は勢いを生かすかたちで、2月9日にラストアルバム「BAD HOP」を配信リリースし、同日にテレビ朝日系「ミュージックステーション」へ出演。注目度が高まったタイミングで、毎日ミュージックビデオを公開しYouTubeの急上昇ランキングを彼らの曲が占領しました。
しかも公開されるミュージックビデオには、新人から大御所までHipHopファン大歓喜のコラボレーションが続き、BAD HOP以外のファンも巻き込むかたちで、カウントダウンお祭り状態になっていました。
圧倒的な情報過多の時代、コラボレーションは注目を集める有力な手法です。また、コンテンツをまばらに発信するのではなく、「山」のタイミングに向けて集中投下することでアテンションの波を生み出すことに成功したのは、見習うべき点が多いと感じます。
また年末から2月にかけては、ABEMAが『BADHOP 1000万1週間生活』と題した密着ドキュメンタリー・バラエティー番組を放送。毎週の新エピソード公開とともに一人のパーソナリティが深く分かる内容で、グループ全体への親しみやすさや共感性を高める契機となりました。
さらに同時期にInterFMで「#リバトーク TO THE DOME」を毎週生放送するなど、コンテンツの集中投下に加えて、リアルタイムな接点を継続的に設けることで、「ともにゴールまで疾走しよう」というメタメッセージをファンやオーディエンスに伝え続けました。
このように、解散ライブ当日までの全方位な話題喚起の波状設計が完璧に作り上げられていたと、筆者は評価しています。結果として、チケットはソールドアウトとなり、当日の東京ドームは日本のHipHop史に残る出来事となりました。
YouTubeで公開された数々のコラボレーション曲を収めた『BAD HOP (THE FINAL Edition)』 はApple Music ランキング総合1位を獲得し、現時点で日本のHIP HOP史上最も聴かれているアルバムとなっています。
振り返ると、BAD HOPの「解散ライブマーケティング」には、普遍的に通用する知恵と当為が含まれていました。
- 彼らの生き様に裏打ちされた困難に挑む姿勢とファンを固く結束させるアティチュードの提示(はやりの言い方をするなら、「Purpose(パーパス)」に近い)
- クライマックスに向けて間髪いれず波状的な盛り上がりをもたらす情報発信の設計
- 予想外のアクシデント(ビーフ)をも味方につけアンチも飲み込みながら、HipHopシーン全体を巻き込むコンテクストの創造
まさに、マーケターにとっても貴重な学びになるストリートワイズな実践だったといえるでしょう。
著者紹介:天野 彬(あまの あきら)
1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修了(M.A.)。SNSのトレンドやマーケティング活用に関するリサーチ・コンサルティングが専門。電通デジタル プラットフォーム部門ソーシャルプラットフォーム部 兼 ソーシャルコネクトグループ所属。日経Think! エキスパートコメンテーター、明治学院大学社会学部非常勤講師。TikTok for Business Japan Awards 2024 Creative Category審査員。主著に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』(2022年、世界文化社)。その他、『情報メディア白書』(共著)、『広告白書』(共著)など。
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