井上尚弥を“モンスター”に 大橋ボクシングジム会長に聞く「持続可能なジム経営」(3/3 ページ)
井上尚弥の代名詞“モンスター”の名付け親で、大橋ボクシングジムの大橋秀行会長に、利益が出せるジム、持続可能なジム経営の要諦を聞いた。
恩師から学んだ帝王学 次世代へ継承
経営環境の悪化によって多くのジムが閉鎖され、1代で終わってしまうジムも少なくない。大橋会長によれば、生前の米倉会長は、大橋会長が現役の頃からビジネスの現場にも連れ出したという。
「後援会対応を学んだり、テレビ局との話し合いの場に同席したりしたのです。現役生活の後半、2度目の世界王者になる時は、相手との交渉の場にもいました。オプション(再戦に関わる興行権)の詰めとかもやりました。だから引退後も、違和感なくビジネスができましたね」と笑う。
今は井上の防衛戦の交渉に八重樫トレーナーを同行させている。「私がいなくなった後、八重樫体制にするということですよね」と話す。米倉会長が大橋会長に施した帝王学を八重樫トレーナーに教えているのだ。
ボクシングの裾野の拡大と、後進育成にも注力する。取材後、ジムの様子を見学すると、たくさんの小中学生がサンドバッグをたたいていた。大橋会長が日本プロボクシング協会の会長になった際「最初に取り組んだのがキッズボクシングです。モチベーションを上げるためなのですが、その第1回キッズ大会のチャンピオンが井上尚弥なんです」と話す。
「海外のボクサーは子どもの時からやっていますが、日本は高校で始める人が多いのです。私は野球好きですが、野球だと高校生になってから始めて甲子園に出場するのは難しいですよね」
女子ゴルフの世界では現在、宮里藍の影響によって「黄金世代」と呼ばれる才能あふれる多数のゴルファーが誕生した。宮里に憧れた多くの選手が、子ども時代にゴルフを始めたからだ。パリ五輪でフェンシングの選手が大活躍した背景には、北京五輪で日本人初のフェンシングメダリストになった太田雄貴が引退後に、後進の育成に力を入れたことがある。大橋会長は、その構図をボクシング業界で作り上げたいのだという。そして大橋会長のもう1つの目標は、ジムからオリンピック選手を出すことだ。
「もし『LA 2028 夏季オリンピック(2028年の米ロサンゼルス五輪)』でボクシングが競技として続いていたら狙います。オリンピックはアマチュアの最高峰なので、みんなが見ます。だから裾野が広がるのです」
属人化から標準化へ 業界の課題
大橋ジムは、大きな興行を手掛けているにもかかわらず、大橋会長と妻の実質2人で経営している。5月中旬には東京都墨田区が主催するイベント「すみだボクシング祭り2024」が開かれた。同イベントに大橋ジムは毎年、協力してボクシングの普及に努めているものの、広くは知られていないのが実情だ。大衆に知られなければ大橋会長が望むように、ボクシングの裾野を広げられない。
「私がSNSだけで告知を済ませてしまっているので、これは私にも問題があると思います。ちょっと甘えがありました。改善しないといけないですね」
もし強気の経営をするならば、大橋ジムにSNSなどのマーケティングやPR専門のスタッフを雇ってもいいはずだ。
大橋会長は「営業からスポークスマンまで全てやります」と話していた。他人に任せず、ついつい自分でこなしてしまうという。ある種の“スーパー経営者”ともいえる一方、経営の世界では、スーパー経営者がいなくなったあと、会社が傾くことも少なくない。八重樫トレーナーに権限を委譲しようとする背景には、属人化を防ぎ、知見の共有を始めようとする意図があるはずだ。
大橋会長は「ジムの会長の役割は(経営)責任です」と語っていた。後進に経営を任せ、大橋会長が重要案件だけを最終判断する組織を作れるかどうか。不可能を可能にしてきた名経営者の今後に注目だ。
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