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井上尚弥を“モンスター”に 大橋ボクシングジム会長に聞く「持続可能なジム経営」(2/3 ページ)

井上尚弥の代名詞“モンスター”の名付け親で、大橋ボクシングジムの大橋秀行会長に、利益が出せるジム、持続可能なジム経営の要諦を聞いた。

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ジムのDNAは「真面目に努力するスタイル」

 地道にノウハウを積み上げていったことによって、自身の興行を軌道に乗せられた。興行の安定にめどが立てば、次は強いボクサーの養成だ。恩師の米倉会長に倣い、重要な時には選手のそばにいることを心掛けた。

 「多くのチャンピオンを育てた米倉会長をまねすれば、いけると思っていました。例えばジムが大きくなると、普通のジムの会長は営業などでジムにいないんです。でも米倉会長はスパーリングの時は、絶対にジムにいました」

 そして1995年、その後の大橋ジムに大きな影響を与えるボクサーが入門してくる。のちに大橋ジムで初の世界チャンピオンになる川嶋勝重(階級はスーパーフライ)だ。

 大橋は「最初、川嶋には才能を感じず、プロテストを受けるのを2回止めた」という。井上や八重樫東(大橋ジム所属で3階級制覇。現在、同ジムトレーナー)のように才能あふれるタイプではなかったのだ。そこからコツコツとかんばって世界戦にまで漕ぎつけた。だが、肝心の試合前にケガをした。結果は善戦したものの敗北。1年後に再戦となった。だが再び直前に「胸が痛い」と言い出した。

 「そのとき『おまえは世界チャンピオンになれない運命だよ』って口まで出かかったんですが、寸前で言うのを止めました。感情的に言ったらアウトだなと思ったんです。代わりに『今まですごい練習をやってきたから、100%できるから。絶対チャンピオンになれるよ』って言い直したんですよね」

 結果は川嶋が勝ち、ジム初の世界チャンピオンが誕生した。

 「言霊っていうのかな。言葉の重要さを感じました」

 これが経営者としても指導者としても1つのターニングポイントになったと語る。大橋会長は「初めてのチャンピオンが井上でも八重樫でもなく、川嶋だったことに意味がある」と話す。「(川嶋が初のチャンピオンで)運がよかったです」と言い切るほどだ。

 「川嶋は友人のボクシングの応援に来て、それを見て憧れて21歳で東芝の下請け企業を辞めて、私たちのところに来た叩き上げです。センスはなかったけど、努力だけで世界チャンピオンになった。“3分間練習”の集中力は井上すら超える凄さがあるんです。川嶋の真面目に努力する姿を八重樫は肌で感じて王者になりました。その八重樫が努力する背中を見た井上もどんどん変わっていきました」

 才能の有無にかかわらず、ひたむきに努力するジムとしてのDNAを、時間をかけて形成したのだ。ローマは1日にして成らず、である。


大橋ジム初の世界チャンピオン川嶋勝重(大橋ジムのWebサイトより

ドコモのスポンサードは「人生最高の出来事」

 川嶋の後も八重樫、井上と世界王者を生み、興行はやりやすくなった。一方、かつてボクシングの世界戦を必ずといっていいほど放送していた地上波は2000年代に入り、経営的な体力を失いつつあった。

 2018年に「ひかりTV」を運営するNTTぷららが、井上尚弥のスポンサーになった。それをきっかけに、大橋ジムが主催する興行「フェニックスバトル」のネット配信を始めた。その後NTTドコモがぷららを買収。Leminoで配信を続け、現在に至る。

 「ネット配信は私にとって次のターニングポイントでした」と話す。まさにネットの力によって収益構造が変わった瞬間だったのだ。ドコモがスポンサーになったことも、ジム経営にとって意味があった。


大橋ジムのリング。「フェニックスバトル」「ひかりTV」の文字が並ぶ

 「かつて米倉会長は『ボクシングの人気、知名度を上げるために、誰もが知っている企業がスポンサーになってくれたら最高』と話していました。夢見ていたナショナルクライアントのスポンサードが、ついに実現したのです。ボクサー生活、今のジム経営を含めても、人生で最高の出来事でしたね」

 ドコモのスポンサードによって「収益はさらに安定しましたし、強気の経営ができるようになりました」という。

 強気の経営とは、東京ドームなどの大会場で興行をすることを想像しがちだが、それだけを意味しない。マッチメークやファイトマネーで主導権を多くとれることになり「フェニックスバトルではファイトマネーが高い、良いボクサーを呼べるようになりました。面白い試合が組めて、さらに視聴者が増える」という好循環を生んだ。


左からNTTドコモ前田義晃社長、八重樫東トレーナー、武居由樹選手(現WBO世界バンタム級王者)、井上尚弥選手、大橋会長、井上尚弥の父・真吾トレーナー

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