東海道新幹線60周年の節目に、さらなる未来を予想してみた:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(6/6 ページ)
2024年10月1日、東海道新幹線は運行開始から60周年を迎えたが、2034年、10年後の東海道新幹線はどうなっているだろうか。リニア中央新幹線が開業しているとして、さらなる未来を予想してみたい。のぞみ12本ダイヤ、新駅構想、「N700S」の後継車両、自動運転について、考えてみた。
自動運転は確実に始まる
ダイヤ、新駅、新型車両はあくまでも予想の範囲だ。しかし確実に実行されそうな新技術がある。JR東海の公式サイトに、乗客から見えない進化が紹介されている。
時速285キロメートル走行に対応した新たな営業車検測装置の開発
ドクターイエローと呼ばれた新幹線電気軌道総合試験車が、2025年1月に引退する。これも大きな話題となった。その背景には、乗客からは見えない進化がある。
現在のN700Sの中には、軌道状態検査システム、トロリ線(架線)状態監視システム、ATC信号・軌道回路状態監視システムを搭載した車両がある。営業列車が線路の異常の予兆を察知して保守に役立てる仕組みをつくった。2026年度から2028年度までに製造されるN700Sは、電車線(架線と周辺の設備)の画像を撮影・解析する機能や、点群データ解析で軌道(レールとまくらぎなど)の状態を検査できる。
東海道新幹線から試験専用車がなくなるけれども、試験精度は向上する。
新幹線車両による架線電圧を維持する機能の開発について
省エネルギーの取り組みも乗客からは見えない。1つの線路で複数の電車を走らせると、同じ電気回路で複数のモーターを回す状態になる。「のぞみ12本ダイヤ」の実現に当たり、地上の変電所や電力補償装置を増強して架線電圧を維持している。
これを車両側の工夫で解決しようという技術の開発が進んでいる。電車が電気を取り込み、モーターに向けて電流、電圧を制御する「主変換装置」のソフトウェアを改良し、電車自身が架線電圧を維持する機能を持たせる。これは世界初の技術だという。この技術を東海道新幹線の全編成に導入すると、電気使用量を年間約2000万kWh削減できる。あわせて変電所の1割削減、電力補償装置の半減を期待できる。
高速鉄道で大容量通信(最大1Gbps)を実現するミリ波方式列車無線の開発
列車無線は、地上の列車司令員と乗務員の間で使う連絡手段だ。東海道新幹線は当初、鉄道では一般的な空間波方式、いわゆるラジオ無線機を使っていた。航空無線やタクシーの車内無線と同様だ。この設備の老朽化をきっかけに、1989年からLCX方式に変更された。ラジオ無線は基地局のアンテナと送受信機の間に高層ビルやトンネルがあると不安定になる。LCXは漏えい同軸ケーブルを線路に並行して設置して、400MHzで通信を行う。
漏えいという言葉が気になるけれども、これは「本来は電波を漏らしてはいけない同軸ケーブルの外部に隙間をつくって、わざと電波を出入りさせる」という意味だ。つまり、同軸ケーブル自体が連続したアンテナとして機能する。ラジオ式よりも通信容量を増やせるため、車両の動作状態の送信や客室出入り口上の文字ニュースのデータ受信も可能になった。
ミリ波方式列車無線はこれに替わる仕組みだ。ミリ波は周波数が30GHzから300GHzの電磁波で、5G通信や自動車の衝突防止システムなどに使われている。周波数が高いため、情報量を増やせる利点があるけれども、空気中の水分子や酸素分子に吸収され減衰しやすい。JR東海はミリ波を列車無線に採用するため、一定間隔で地上無線機を設置し、降雨でノイズが混じっても情報を取り出せる「豪雨モード」を開発した。
LCX方式の伝送容量は約3Mbpsだった。ミリ波方式の伝送容量は約1GHzとなり、いままでより大容量のデータ通信が可能になる。これは前出の「営業車検測装置」によって「画像や点群データを解析する」機能とリンクしている。
ミリ波方式の列車無線は、2027年を使用開始予定として工事が進められている。これは乗客にとって直接的なメリットもある。東海道新幹線の車窓を楽しむとき、電線が目障りだったはずだ。あの電線が漏洩同軸ケーブルだ。ミリ波方式になって漏洩同軸ケーブルが廃止されると、目障りな電線が消える。ただし、通信バックアップ用にケーブルが残るかもしれないが。その時はせめて窓より低い位置にしてほしい。
東海道新幹線の自動運転システムに関する技術開発
自動運転が実用化されれば、運転士は乗車するけれども、発車ボタンを押すだけ。あとは機械がダイヤ通りに加減速して、自動的に停車する。すでに地下鉄などで採用されている技術だ。東海道新幹線は運行距離が長く、適宜加速しつつ高速を維持する必要もある。曲線や停車駅パターンも多様だ。突発的な保守による減速区間もある。運転パターンをつくって終わり、というわけにはいかない。「のぞみ」「ひかり」「こだま」、さらに、それぞれの種別に異なる運行パターンがある。
列車ごとに運転パターンを設定し、リアルタイムに列車の状況を把握しつつ自動運転を実現する。運転士は前方と機器の監視、列車指令との無線連絡、緊急時の非常ブレーキ操作を担当する。乗降扉など列車の機械操作を全て運転士に任せられたら、車掌は接客サービスと車内巡視、安全対応に集中できる。
2023年5月に走行試験の様子が報道公開された。私も試乗したけれど、乗客の側からは加減速、乗り心地など運転士が操作したときと変わらない。JR東海は2028年度の実用化を目指している。70周年の出発式は、N700xが自動運転で発車するかもしれない。そもそも、リニア中央新幹線は自動運転、しかも運転士はいない。運転席の窓すらない。
10年後の東海道新幹線に向けて、私たちに見える新しいサービス、私たちには見えないところで技術革新が始まっている。丹羽社長は出発式のあいさつで、60年続いた「運転事故による乗客の死者ゼロ」に触れ、さらに今後の10年について「さまざまな新しい移動のニーズにお応えできるような東海道新幹線にしたい」と語った。安全に、そして新しく。10年後の出発式も楽しみだ。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICETHREETREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
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