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「サラリーマン増税」、結局損するのは氷河期世代? 「雇用の流動性」で失われるモノ河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)

ちまたで「サラリーマン増税」と呼ばれる退職一時金課税見直し議論が再開された。長期雇用を嫌う企業と増税したい国家の動きで、またもや氷河期世代が損をする展開になりそうだ。なぜ、企業は「雇用の流動性」を強く求めるのか。本当に必要なものは何か。河合薫が考察します。

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「心理的契約」と「職務保証」のある職場とは

 心理的契約とは「組織によって具体化される、個人と組織の間の交換条件に関連した個人の信念」と定義されます。法的な契約や職務内容とは異なり、あくまでも個人の認知に基づいていて、それを担保するのが「職務保証」(job security)です。

 職務保証は働く人が、 第1に「会社のルールに違反しない限り解雇されない、という落ち着いた信念」が得られ、 第2に「その働く人の職種や事業部門が、対案の余地も計画もないままに消滅することはない」と確信できるからこそ成立します。

 つまり、真の職務保証とは「今日と同じ明日がある」という安心に加え、自分も「ルールに違反しない」という責任を全うしなければなりません。だからこそ、私は長期雇用(終身雇用)を支持してきました。


画像提供:ゲッティイメージズ

 ところが、企業は「長くうちの会社にいては困る」というメッセージばかりを発し、国もそれを後押しするような政策ばかりです。人は信頼されていると感じるから相手を信頼するのに、全てがあべこべです。これでは、生産性向上に不可欠な会社や仕事へのコミットメントが高まるわけがありません。

問題は「長期雇用」にあるのではない

 経済界で「終身雇用制度をやめるべし」という議論が出はじめた1990年代初頭にOECD(経済協力開発機構)が行った労働市場の調査でも、米国や英国では流動的な労働市場が成立している一方で、ドイツやフランスは、日本と同じように企業定着率の高い長期雇用慣行が形成されていました。

 その流れは今や米国にも広がっています。外資系は確かに業績が悪化すると「〇%リストラせよ」という指示が、トップから出されることがありますが、人事制度は日本の企業よりはるかに柔軟で、周りとの人間関係や信頼関係なども評価します。働く人が「やりたい」と手を上げれば、それを徹底的にフォローし、教育に投資する制度もあります。

 つまるところ、問題は「長期雇用」にあるのではなく、長期雇用の利点を引き出すリソースを働く人たちに与えていない点にあるのです。

 「現場に責任は負わせるけど現場に裁量権は与えない」「ラインの決定事項ばかりが優先され、現場のプロフェッショナルの意見に耳を傾けない」といったことが生産性向上の阻害要因になっています。先行研究を探しても「長期雇用が会社の生産性を下げる」エビデンスは見当たりませんし、人材重視の経営が結果的に企業の収益を生み出す最良の選択であることは明白です。

 企業は長期雇用を悪の根源と考えるよりも、現場の声に耳を傾け、社員の能力形成への努力をしてほしいです。

 そして、国は税収を増やしたければ、増え続ける富裕層の税率を議論すべきでしょう。国税庁の2022年の「申告所得税標本調査」では、税負担率は所得が上がるにつれて徐々に増え、5000万円以上1億円以下で26.3%に達するものの、1億円を超えると平均22.5%に下がっているのですから。

河合薫氏のプロフィール:

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 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。

 研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。

2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。


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