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スッキリしない「年収の壁」議論 「103万円の壁」だけを取り上げる違和感働き方の見取り図(1/3 ページ)

「年収の壁」をめぐる議論が後を絶たないが、どこかぼんやりとして実像がつかみきれない。103万円だ106万円だ130万円だ――と、ゾンビのように現れる年収の壁をクリアになるように整理する。

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 「年収の壁」をめぐる話題が後を絶ちません。岸田政権では、社会保険の加入によって発生する働き損を回避する施策として「年収の壁・支援強化パッケージ」が導入されました。石破政権では国民民主党が主張して注目される「103万円の壁」や「106万円の壁」などの対策を検討。厚生労働省は「106万円の壁」を撤廃する方針を示しています。

 「年収の壁は問題」「なくすべきだ」――といった声は、あちこちから聞こえてきます。それらの声に応えるべく、政府も策を講じている様子が報じられてきました。しかしながら、年収の壁はなくなっていくどころか、むしろ話題になることが増えて存在感が高まっているようにさえ感じます。

 また、一口に年収の壁とは言われるものの、どこかぼんやりしています。103万円だ106万円だ130万円だと、話題になるたびに金額が変わったりして実像がハッキリしません。手を打てどもなくなる気配がなく、この壁あの壁……とゾンビのように別の年収の壁が現れ、いつまでたってもスッキリ解決しないのはなぜなのでしょうか。全体像を整理してみていきましょう。


「年収の壁」をめぐる議論が後を絶たないが、どこかぼんやりとして実像がつかみきれない。写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)

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ワークスタイル研究家/しゅふJOB総研 研究顧問/4児の父・兼業主夫

愛知大学文学部卒業。雇用労働分野に20年以上携わり、人材サービス企業、業界専門誌『月刊人材ビジネス』他で事業責任者・経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。

所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声をレポート。

NHK「あさイチ」他メディア出演多数。


年収上限によって妨げられているものは何か

 そもそも、年収が「壁」と呼ばれるのは、年収上限が定められていることによって何かを妨げているからに他なりません。年収の壁の実像を捉えるには、年収上限によって妨げられているものは何か――を整理する必要があります。大きく3点挙げたいと思います。

 まず、就業時間の妨げです。働き手が「もっと働きたい」という意欲を持っていたとしても、年収上限を超えることで却って手取りが減ってしまうようであれば、その手前でブレーキをかけることになります。年収上限を気にせず希望通りに勤務できれば就業時間を伸ばして、その分の収入を増やすことができるはずです。

 次に、労働力確保の妨げです。働き手にとって年収の壁が就業時間の妨げになっている状況を職場側から見ると、もっと働けるはずの人に働いてもらえないことになります。人手が不足している職場ほど、その状況は切実な悩みになっています。

 有効求人倍率は、2024年10月時点で1.25。求職者1人につき、求人が1.25ある状態です。そんな採用難の労働市場において年収上限を超えたくない人が就業時間をセーブすると、職場はその分の労働力不足を補うための人手確保やシフト調整などに苦心することになります。

 最後に、財源確保の妨げです。住民税や所得税、社会保険料などに定められている年収上限を超えないよう抑える人がいると、その分財源となる税金や保険料を徴収できず、公共サービスや健康保険、年金など、社会にとって必要となるお金は少なくなります。

 これらは年収上限が壁になっている点で共通しているものの、働き手と職場、社会――と、それぞれの立場から見ると思惑が異なる三つ巴状態です。もっと働きたい働き手と、働いてほしい職場の希望は概ね合致するからと、年収上限を引き上げれば、財源確保はしづらくなります。また、現行ルールだと社会保険料は基本的に労使折半のため、負担を避けたい職場側の意向で社会保険に加入させないよう、働き手側に就業時間のセーブを要請するケースも見られます。

 さらに、働き手同士でも思惑はさまざまです。年収上限を超えて税金や保険料を払っている働き手の中には、扶養枠内に抑えてそれらを払わない状態を不公平と受け止めるケースもあります。一方で、働きたくても働けない事情を抱えている人もまた、ジレンマを感じています。

 このように、壁をめぐってさまざまな立場があり、個々の立場によって利害や思惑が異なることが年収の壁の実像を分かりにくくしている理由の一つになっています。

 「年収上限などなくすべきだ」というよく聞かれる主張も、どの立場に立つかによって「年収に関係なく働く人全員が税金や保険料を支払うべきだ」という意味にも捉えられれば、「年収に関係なくずっと扶養枠を適用すべきだ」という真逆の意味にも捉えられます。

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