生成AIで懸念視されるCO2排出増 注目の新評価軸「スコープ4」とは?:AI×社会の交差点(3/3 ページ)
「将来削減され得る」CO2排出量に着目する動きが広がっている。
CO2排出の削減貢献量を示す「スコープ4」
この課題に対応する概念として注目されているのが「スコープ4」だ。製品・サービスが、どれだけ使い手のCO2排出の削減に貢献するかを示すことから「削減貢献量」(Avoided Emissions)とも呼ばれている。GHGプロトコルが提唱する、直接排出する温暖化ガス量を示す「スコープ1」、電力使用などで間接排出する量を示す「スコープ2」、サプライチェーン(供給網)全体の排出量を示す「スコープ3」とは明確に区別されている。
「スコープ4」は対象の製品・サービスを使用しなかった場合の「参照シナリオ」と「製品・サービスによるGHG排出量」を比較し、CO2排出量の削減効果を推定する。CO2排出量に加えて削減貢献量も加味することが、イノベーションを促し社会全体のネットゼロ(温暖化ガス排出実質ゼロ)目標における達成の近道となるという考えに基づく。
すでに米テスラやメルカリなどの一部大手企業では、削減貢献量を開示に採り入れ始めている。事業の拡大フェーズにある企業にとって、削減貢献量を採用することのメリットは大きい。
ただし、GHGプロトコルが「スコープ4」を正式に認め、提唱しているわけではない点には注意が必要だ。企業のCO2排出量から削減貢献量を控除して開示することは認められていない。また現時点では完全な手法として確立されているとはいえない状況である。企業が削減貢献量を過大に示せばグリーン・ウォッシュ(見せかけだけの環境対応)との批判につながるリスクもある。何をもって削減貢献量とするのか定義し、計測の基準をそろえる必要がある。
AIなどへ「削減貢献量」の適用が広がる可能性
世界資源研究所(WRI)とともにGHGプロトコルの開発を行う機関の設立に関与した、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)は、2023年3月にガイダンスを公表し、削減貢献量の基本的な考え方を提起している。
「スコープ4」は、社会や環境にポジティブな影響を与える事業に対して資金を供給するサステナブル・ファイナンスにおける評価指標にも利用可能であるため、金融機関からも注目されている。先のWBCSDも、削減貢献量に関連した財務や実務のガイダンスを示したインサイトペーパーを2024年6月に公表している。
さらには仏ミロバ、蘭ロベコといった欧州の金融機関が、企業や製品・サービスの削減貢献量の比較が可能となるような新たなデータベースの構築を進めている。そのため、今後は削減貢献量によって製品・サービスの環境性能を評価し投融資する新たな資金の流れが形成されていく可能性がある。
先に示したWBCSDのガイダンスで紹介されている想定事例は、主にヒートポンプを扱う企業やEV充電器の製造企業、エネルギー効率を高めるために建物を改修する企業などである。しかし今後は、産業別に計測手法の確立に向けた検討が行われる見通しだ。将来的には、AIをはじめとしたIT製品・サービスやそれらを扱う会社にも適用できるものとなるだろう。
AIは社会や経済に大きな変革をもたらす可能性があるが、AIの利活用が思わぬディストピアを招かぬよう、指針や社会の枠組みの整備が必要だ。ただし、それはイノベーションを阻害しないものでなければいけない。CO2排出量に加えて削減貢献量も評価するといったAIの利活用を多角的に評価する枠組みとその導入が今求められている。
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