フジテレビの「ガバナンス不全」 日枝久氏の「影響力」の本質とは?(1/2 ページ)
フジテレビ問題の今後の焦点は日枝久氏の去就だ。フジテレビのガバナンスに焦点を当てて検討してみたい。
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フジ・メディア・ホールディングス(FMH)は1月27日、10時間23分に及ぶ異例の「やり直し」会見を開いた。フジテレビジョンの港浩一社長と嘉納修治会長は同日付で辞任したほか、後任の社長にはFMH専務の清水賢治氏が就任。会見の翌日には、遠藤龍之介副会長が第三者委員会の報告書が提出された後に、辞任する意向を示した。
この問題が発生した原因は、同社のガバナンス不全だ。すでに80社以上の“スポンサー離れ”を引き起こしている。
その業績への具体的な影響は、同30日に開催されたFMHの取締役会でも明らかになった。2025年3月期通期(2024年4月〜2025年3月)の売上予想を5983億円から8.4%減の5482億円、純利益を290億円から66.2%と大幅減の98億円に下方修正した。
今後の焦点は事実上の最高権力者である日枝久氏の去就だ。ここでは、フジテレビのガバナンスに焦点を当てて検討してみたい。
ジャニーズに切り込んだBBC 性加害事件にどう対応したか?
今回のフジテレビの問題と、旧ジャニーズ事務所にいた中居正広氏が起こした問題で連想したのは、英国の公共放送BBCの名物司会者だったジミー・サヴィル氏の件だ。同局で放送されていた子ども番組の司会を務めていた同氏は、出演していた少女らに対して性加害事件を起こしていた(被害申請は約450人)。
事件発覚後、BBCは報道番組を通じて性加害について放送しようとしたものの、最終的には放送されなかった。この対応の不手際から、BBCの会長は辞任に追い込まれ、同局への信頼は失墜。その後BBCは第三者による検証を実施し、報告書と付随するものも含めた1000ページにも及ぶ資料を公開した。
報告書によると、上層部による放送中止の圧力はなく、編集担当者の独自判断だったという。その一方で、BBC幹部のリーダーシップが欠けていると断罪された。報告書には企業体質についての言及もある。例えば、性被害の有無を確認することによってタレントの怒りを買い、出演を拒否されることを恐れていたという。加えて「上司に意見を言うとキャリアに影響が及ぶ」という風潮もあったと書かれている。現在の日本企業を連想させそうな言葉が並ぶ。
BBCがジャニー喜多川氏の性加害問題を取り上げたことによって、今まで隠されていた暗部が世界に公開され、大スキャンダルに発展した。同じような問題を起こしたBBCが、ジャニーズ問題を取材する資格はないと思う人もいるかもしれない。しかし実際は、そうではないのだ。BBCは2023年、サヴィル氏の半生を描いたドラマを製作・放送した。「Safeguarding at the BBC」のWebサイトには「2度と同じ問題を引き起こさない」という意志が感じられる。つまりBBCは事件の原因を反省し、信頼回復に取り組んだのだ。
BBCによるジャニーズ問題の取材は、放置することが問題を広げる要因になることを教えた。BBCはサヴィル氏の問題によって、その教訓を知っていたからこそ取材に取り組んだのだ。その意味で、過去の反省を生かしたといえる。裏を返せば、反省を生かさず、何も取材しないことの方が罪なのだ。
幹部の生殺与奪は、人事権を持つ日枝氏に
翻ってフジテレビはどうだろうか。会見の中で再三、質問が出たのが、日枝氏についてだ。彼はフジテレビの取締役相談役で、FMHの取締役相談役でもある。
フジテレビの労働組合は、2度に渡って日枝氏に会見への出席を求めた。にもかかわらず、日枝氏が会見に登場しなかったのは周知の通りだ。出席しなかった理由についてFMHやフジテレビの幹部は口をそろえて「業務の執行にはタッチしていない。業務執行をし、代表権のある私たちが対応する」と回答した。自分は「とかげのしっぽ」になってしまったにもかかわらず、日枝氏を守ろうとしているのだ。
「なぜ日枝氏は影響力があると他者から考えられていると思うか?」という質問についてFMHの金光修社長は「分からないが、在籍年数が長いから影響力が大きいんだと判断されているのだと思う」という見解を示した。フジテレビには「自由な雰囲気、紳士の気質、人情味がある」とも話し、日枝氏に関して「企業風土の礎をつくっているということに関しては間違いないと思う」とも話している。
では、そもそも経営層の仕事とは何なのか? 大まかに言えば、経営戦略の策定など会社の方向性、企業文化の形成、財務管理、人材(人事と育成)管理だ。
これらを踏まえて日枝氏はどんな影響力を持っていたのか。業務に関与していないのであれば、それにつながる財務管理もしていないだろう。現在の日常業務も分からないので、経営戦略を打ち出すことにもあまり関わっていないと考えられる。一方で、金光社長がコメントしているように、企業風土については日枝氏が形成してきた部分もあるだろう。
そういった背景を考慮すると、日枝氏の力の源泉は人事権にあると考えるのが自然だ。1988年に社長に就任し、1992年に創業家の鹿内宏明氏を追放してからはずっと権力のトップにいた。それ以降、取締役以上に就任した人々は、必ず彼の息がかかっているといわれている。それが本当だとすれば、現在も「誰も彼に頭が上がらない」のではないか。
経営層の言う通り、論理的に考えれば、記者会見に出てこないのは代表権がないからだというのは理解できる。ただ、一般社員が大変な思いをしている事情に鑑みれば、ここはフジテレビ特有の“人情味”を出して、自ら会見に出席するべきだったのではないか。それが越権行為ならば、取締役会で会見に出ることを議決すればよかったのかもしれない。だが、取締役は皆、日枝氏に引き上げられた人材ばかりだ。誰も記者会見への出席を促したり、決議したりはしなかった。
会社において、人事権の掌握は権力の象徴だ。大企業では、年明けから2月末ぐらいまで、同僚と人事異動や転勤のうわさ話をする機会は多いと思う。会社にとっても、業績に直結するだけに「(人事異動は)企業内部において人事最大の事案」とも言える。日枝氏は、それを差配する力を持っていたようだ。
日枝氏は、取締役に就任して40年以上が経過している。英国の思想家、ジョン・アクトンは「絶対的権力は絶対的に腐敗する」という格言を残している。日枝氏がフジテレビを腐敗させたとまでは言えないものの、同氏の長期政権によってガバナンスを効かせられない体制を作り出してしまったのは間違いない。
コンプラ室に情報をシェアせず
フジテレビには、コンプライアンス推進室があり、中居氏の事例こそ彼らの出番だった。ところが、この案件はコンプラ室に共有されていなかった。港前社長によれば「X子さんは自然な形で誰にも知られずに職場復帰したいというのが願いだった」というのが理由のようだ。
実際、フジテレビでは何人にこの情報を共有したのだろうか? 会見で分かったのは、担当医師を別として、最初にX子さんをケアした2人の社員、把握した当時の専務である関西テレビの大多亮社長、港前社長、バラエティー番組「だれかtoなかい」の打ち切りを中居氏に伝えたフジテレビ幹部の5人だ。ケアした2人と大多専務の間に課長、部長級の社員がいてもおかしくないので、もう数人ほど増えるかもしれないと推測される。
問題は、チームとして港前社長に「コンプラ室に伝えたほうがいい」と進言できないような雰囲気にある。もしくは「最少人数」という言葉にとらわれたかのどちらかだ。前者でいえば、進言しにくい風通しの悪い社風に問題があり、後者ならば人権意識が低かったということになる。
コンプラ室で働く社員たちの気持ちを考えると「プライドを傷つけられた」というのが本音のように思う。「経営層は私たちを信じていない」と感じただろう。この時点で、ガバナンスに疑義が生じるのだ。
ガバナンスの機能不全と、人権意識の低さは「だれかtoなかい」という番組にも表れた。港前社長が、中居氏の問題を知ったのが2023年8月。同番組の終了は2025年1月だ。その間に発生した松本人志氏の性加害問題を理由に、番組を打ち切ることもできたはずだ。しかし現実には番組を継続した。それどころか、パリ五輪のキャスターなどの特番にも起用するなど、逆に露出を増やしたのだ。
港前社長は「刺激を与えたくなかった。『私(X子さん)のせいで打ち切りとなった』と考えてもらいたくなかった」と発言した。だが、この論理で納得するステークホルダーは皆無だろう。筆者も首をかしげたくなる。もしX子さんの精神状態を考えるなら、露出を減らしたほうが、「中居」という言葉に接触する機会が減るので、より精神状態が安定すると考えられるからだ。
パリ五輪の特番に彼を起用しようと考えたスタッフは、中居氏の状況を知る由もない。上層部から止められることもなかった。「できるだけ少人数」の方針は、結果的に露出を増やす方向に働いたのだ。ましてや中居氏は旧ジャニーズ事務所のタレントである。一連のジャニーズ問題によって各局が新規の起用をためらう中で「彼を起用しても大丈夫」という雰囲気がフジテレビ内にあったという証明でもあり、会社全体として人権に対する意識が高くなかったと見られても仕方がない。
会見では港前社長が「結果的に番組を作って数字は取りたいです。どの番組も」と話し、本音も見え隠れした。「だれかtoなかい」は人気番組だったので、番組終了をできるだけ遅らせたかったのだろう。
結果的に「できるだけ少人数」ではなく「必要最小人数」で取り組んだ方が良かった。コンプラ室長だけに共有するという手段もあったはずだ。その道のプロであるコンプラ室が関われば、今とは違う結果になっていた可能性はあった。
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