現場は知っている「氷河期世代はむしろ優秀」、愚策重ねた企業が今からできることは:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(2/2 ページ)
「賃上げの年」といった景気のいいフレーズを聞くことが増えました。しかし、その恩恵を受けていないどころか賃金が減っているケースもあるのが氷河期世代。ただ「就職する時代が悪かった」だけで愚策に振り回されてきた氷河期世代の問題について、企業はどのように向き合うべきなのでしょうか。
現場は知っている「氷河期世代はむしろ優秀」
一方で、現場の上司たちが繰り返し訴えるのは、氷河期世代の優秀さです。
「氷河期世代ってさ、すごくできるんだよなぁ」「氷河期世代は苦労してる分、すごくしっかりしてるんだよなぁ」「自分で考えて動くことができるのが氷河期世代」といった声を度々聞いてきました。
「本来であれば管理職に昇進させたいのに、『40代より30代を昇進させろ!』と会社側は若手抜擢の方針を打ち出している。なんとか成功体験を得させてあげたいのだが、管理職じゃないとプロジェクトリーダーにもなれず、結局、サブになってしまう」──。このように吐露する上司もいました。現場の“生きた声”は、いつだって切実です。
厚生労働省の「平成30年賃金構造基本統計調査」によれば、40〜44歳までの役職者の割合は23.65%で、45〜49歳までの役職者の割合は30.36%。つまり、管理職として働けるポジションは、40代であっても4分の1程度の枠しかないのです。
一方、厚生労働省の「令和4年度賃金構造基本統計調査」によると、管理職の平均給与は、部長級で586.2万円、課長級で486.9万円です。 非役職者の平均給与が281.6万円であることと比較すると、倍かそれ以上の平均給与を得ています。
非正規からの正社員への転換→賃金低い、昇進できない→賃金が上がらないという二重の不遇が、経済格差の一因になっているのです。
むろん氷河期世代の人たちからすれば「いまさら褒められたって」と思われるでしょうし、「管理職になっても大変なだけ」という人もいるかもしれません。
しかし、私が40代以上の氷河期世代にフォーカスしてインタビューしたところ「役職についてないと、履歴書に書く肩書もないから転職もできない」「40代後半で肩書がないのは正直つらい」との声が想像以上に多かったのです。
いずれによ、氷河期世代の潜在能力を最大限に引き出すことができれば、確実に企業の大きな力になります。企業側が「なんとかして氷河期世代を戦力にしたい!」と彼らに積極的に投資を行い、「あなたは大切な人」というメッセージを送り続ければ、それがやる気にもつながります。
不遇だった氷河期世代、活躍の第一歩は
そこで企業の経営層や上司たちにぜひ、取り組んでほしいのが彼らに「下に教える機会」を設けることです。
私が何年にもわたりキャリア研究を続ける中で確信したのが、「教える、任せる、送り続ける」という3つの重要性です。
1つ目の「教える」とは、彼らが講師となって、後輩や社内外の人たちに教える機会を与えること。テーマは自由。本人が教えたいことをテーマにしてください。教えることは自分の仕事の棚卸しにつながりますし、教えることで自分の学びにもつながります。さらに教えることで自信もつく。そんな「教える経験」を得る機会を作ってほしいのです。
2つ目の「任せる」は、「教える機会」を与えたら本人に任せることです。
上司はついあれこれアドバイスしたくなりがちですが、グッと我慢する。ただし、フィードバックは不可欠なので、講義後のアンケート実施などを、最初から指示しておくといいかもしれません。
そして、3つ目が「あなたは大切な人」というメッセージを送り続けること。「キミなら大丈夫だ」「おお、頑張ってるな」「責任は私が取るから思いっきりやってこい」と言い続けてほしいのです。
大切なのは彼らが「自分のやっている仕事には意味がある」「私がここにいることには意味がある」と思える支援を、一人の「上司」として、人生を少しだけ長く生きている「人」として関わることです。
「教える、任せる、送り続ける」は会社の制度とは関係なく、上司の裁量でその機会を作ることが十分に可能です。
そして、氷河期世代に続く下の世代を輝かせるために、企業は職務保障、自由に決められる権利(=裁量権)、人を動かす権利(=権力)、能力を発揮する機会、サポートしてくれる人(=他人力)、意見を言える権利(=職場への影響力)というやる気がチャージされるリソースの提供を決して惜しまないでください。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。
2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。
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