広島発の「石窯パン」 タカキベーカリーが“右肩上がり”を続ける秘密:地域経済の底力(1/2 ページ)
2025年で発売20周年を迎える「石窯パン」シリーズを販売するのが、広島市に本社を置くタカキベーカリーだ。事業は長年右肩上がりを続けていて、とりわけコロナ禍では内食需要の高まりも相まって大きく伸長した。地方企業ならではの苦労もあったという誕生秘話に迫る。
ここは、広島市内にある大型スーパーの食品売り場――。
開店時間を前に従業員などが慌ただしく準備している。製パンコーナーに足を運んでみると、ひときわ目立つ棚があった。石窯パンと書かれたボードの横に、食パンやレーズンパンなど多種多様な商品がきれいに並んでいる。備え付けのディスプレイには原材料を紹介するムービーが流れていた。
2025年で発売20周年を迎えるこの「石窯パン」シリーズは高級志向の強い商品ながらも、今や全国のさまざまなスーパーマーケットなどで売られており、リピーターも少なくない。この商品を販売するのが、広島市に本社を置くタカキベーカリーだ。
同社は、焼き立てパン店「アンデルセン」「リトルマーメイド」などを展開するアンデルセングループの一社。グループ連結の売上高は2022年度が655億円、2023年度が726億円と好調に推移している。その中にあってタカキベーカリーは、創業者・高木俊介氏の名前がつくように、同グループの源流となる会社だ。主力はリテールサポート事業。これはいわゆる袋パンの製造、販売を指す。この事業は長年右肩上がりを続けていて、とりわけコロナ禍では内食需要の高まりも相まって大きく伸長したという。
そんなタカキベーカリーの売れ筋商品が石窯パンシリーズである。その誕生には地方企業ならではの苦労もあった。
広島から全国へ打って出る際に不可欠だったもの
1948年の創業以来、質の高いパン作りを追求してきたタカキベーカリー。広島を中心とした中国エリアでは圧倒的なブランド力を誇っていたものの、さらなるビジネス成長には域外へ打って出る必要があった。
2000年代に入り、同社は関西、東海、そして関東圏への本格展開という大きな転換期を迎えた。しかし、製パン業界において地場以外でのビジネスには大きな壁が立ちはだかる。
「日持ちしない製パンにとって鮮度は大切な要素の一つです。今日焼いたものが今日届くという点で、地域内に工場があるメーカーが圧倒的に有利なのです」と、同社取締役執行役員で営業本部営業企画室長の福田雅之氏は説明する。
「当時、われわれの工場は広島と岡山にしかなかったし、関西などのマーケットでは後発メーカーでした。既存製品は頭打ちで、会社としても勝負をかけるために変革が求められました。だからこそ、他社にないもの、他社ができないもの、他社のやらないものが必要だったのです。差別化を図らないと当然のようにメーカーの資本力が勝ち負けを左右しますから、独自のポジショニングが不可欠でした」
その解として同社が見いだしたのが、従来以上に品質にこだわった石窯パンだった。それは、創業からずっと、おいしいパンを作り、多くの人たちに届けることで、日本にパン文化を広め、根付かせたいという同社の使命感にもつながる。
この新商品開発に先立ち、岡山工場に石窯パン専用の設備を導入。これは当時の製パン業界では異例の選択だった。「なんて馬鹿なことをするのか」。社外からはそんな声が上がったという。
一体どういうことだろうか。
これまでの常識を覆した石窯パン
石窯パンの製法は、今までの工場生産の常識を覆すものだった。通常の製パン工場では、効率を重視した大型ミキサーを使用する。しかし、石窯パンの製造では、小型のスパイラルミキサーを採用。これによって当然、1回あたりのミキシング量も限られる。
「工場は効率良く商品を製造する場所であって、手間をかけて商品を作るといった認識は一般的ではありませんでした」と福田氏は話す。
他方で、小型ミキサーでは多くの水を入れることができるため、手作業で混ぜたようなしっとりとした生地を作ることが可能となった。ただし、水分を多く含んだドロドロの生地は扱いが難しく、通常の生産ラインでは流すことができない。同社はこの課題を克服するためオリジナルの機械を開発。生地の分割工程でも、独自のストレスフリー分割機を導入した。
石窯パンは焼成工程でも大きな特徴がある。「通常のオーブンは230度程度で焼き上げるのに対し、石窯は250〜260度の高温で焼きます。さらに遠赤外線効果により、パンの中心部から熱が伝わっていきます。弱い熱で焼くと皮がガチガチになってしまいますが、石窯で焼くことで、皮がパリッとして中がもっちりという、理想的な食感が実現できるのです」と福田氏は話す。
このように手間暇をかけて、コストをかけてでもこだわったのは顧客視点である。「私たちは、既存の機械を活用するための生地作りではなく、お客さまのための生地作りを選びました。使いにくい生地であっても、最終的なおいしさを追求したかったのです」と福田氏は力を込める。
高めの価格がネックだったが……
こうして満を持して市場に送り込んだ石窯パン。とはいえ、いきなり売れるほど甘い世界ではない。ネックだったのは価格だ。
価格は、従来のパンと比べて高めに設定された。「工場で大切に作ってくれた価値ある商品なので、価格訴求はしたくはなかった」と福田氏は当時を振り返る。これは品質を重視する同社の経営理念に基づく判断だったが、スーパーマーケットなど小売店での展開には大きな障壁となった。思うようにはいかず、値引きを求められたり、売れ残ったりした。そうなると店側からは「もうやらないよ」と断られてしまうこともあったそうだ。
それでも、福田氏を含めたタカキベーカリーの営業担当者たちは粘り強く交渉した。そこには確固たる信念があったという。それは、リテールベーカリーに行かなくても、スーパーで本当においしいパンを提供したい、というものだった。そうした思いに共感してくれる取引先が徐々に出てきた。
潮目が変わったのは関西エリアでの実績だった。タカキベーカリーでは石窯パンの販売当初から、通常の棚売りではなく、同社の商品だけを集めた、独立したコーナー展開を望んでいた。
「高そうなパンが1個だけ置いてあっても目立たないし、価値が伝わりません。だからわれわれのコーナーをください、そこでブランドと価値をきちんと訴求させてくださいと提案していました」(福田氏)
ただし、この販促方法も当時のスーパーマーケットから見ると今までの商習慣とはまるで異なっていた。なかなか受け入れてもらえなかったと福田氏は吐露する。
それでも地道に活動をした結果、2006年ごろに大阪のある大手スーパーで実を結ぶこととなった。パン売り場で平台を使った大規模な展開が実現。「普通のパン売り場は多段式なのですが、平台をいただいて、パン屋さんのような立体的な売り場を作らせていただきました。同じ商品でも、売り場が変わることで商品がより輝き、価値が上がるのです」と福田氏は顔をほころばせる。
具体的には、通常の棚に並べた場合と比べて、石窯パンの販売数は6倍にも、10倍にも伸びることもあったという。この成功事例が他店舗にも波及し、関西エリアでの売り上げは大きく増加した。
営業担当が自分の言葉で語れる商品に
石窯パンの販売は、タカキベーカリーの営業活動にも大きな改革をもたらした。
黙っていても売れるような商品ではないため、同社は大規模な営業勉強会を実施。全国の営業担当者が岡山工場に集まり、製法や品質の違いを自分の目で確かめた。
「手間をかけて作っているのが分かるし、食べた瞬間に明らかに違いがありました。それが営業担当者の理解につながって、自分の言葉として取引先に伝えられるようになりました。以前も勉強会は行っていましたが、商品の特徴や価値を深く知ることは今までにない取り組みでした」
この活動は現在も続いており、新入社員の研修はもちろん、得意先への工場見学の案内も営業担当者が携わるようになっている。石窯パンのおいしさや工場の独自性を、担当者自身の口から語れるようにするためだ。
販売方法も大きく変わった。単なる商品説明だけでなく、パンの食べ方や食卓での楽しみ方までを含めた提案型の営業を展開。「私たちは商品を売るのではなく、食べるシーンを提案する、さらには楽しい食卓を提案する、そういう生活を提案するというビジョンを持っています」と福田氏は意気込む。そこで社内の調理部門とも連携し、身近な食材を使った料理との組み合わせも考案する。
「例えば、冷蔵庫にあるサバ缶を使うレシピ。サバ缶に刻んだ大葉、マヨネーズやオリーブオイルを加えてディップを作り、玄米ブレッドと一緒に食べるとおいしいのです。そういった具体的なメニュー提案が小売の現場でできるようになりました」
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