人材難にあえぐ中小企業、どう戦うべき? 「年収上限」「諸手当」について考える:人材獲得 大競争時代(1/2 ページ)
中小企業は社外の人材にいかに賃金を提示しているのか。転職者のデータ分析や、採用に成功した企業の事例を通じて、明らかにしていく。
連載:人材獲得 大競争時代
人手不足が深刻化し、採用難が進む中、企業は人材確保に向けてどのような手を打てばいいのか。求職者に選ばれる企業の特徴とは――。さまざまな事例を通じて、採用がうまく進む企業の特徴を明らかにする。
物価上昇が進む中、賃上げに注目が集まっています。2025年の春闘では、大手企業で賃上げの表明が相次いでいます。賃上げの流れが中小企業に波及するかどうかが、日本経済にとって重要な課題といえるでしょう。
労働組合の中央組織・連合の2024年春闘の集計では、組合員数300人以上の組合の賃上げ率が5.19%、300人未満では4.45%と、大手企業と中小企業との間に差がありました。
中小企業は大手企業と比べ、人手不足がより深刻な状況にあります。人手不足感を示す日銀の「雇用人員判断D.I.」では、2024年12月の調査において、大企業でマイナス28ポイントだったのに対し、中小企業はマイナス40ポイントと差が開いています。
こうした状況の中、中小企業は今、社内にいる人材に活躍し続けてもらうため、賃上げを進めています。そして、転職市場で社外人材の採用も積極的に進めていますが、内定を出しても賃金水準が折り合わずに辞退されるケースも多いのです。採用を進めるためにも、魅力的な賃金を示す必要があるといえます。
では、実際に、中小企業は社外の人材にいかに賃金を提示しているのでしょうか。転職者のデータ分析や、採用に成功した企業の事例を通じて、明らかにしていきたいと思います。
津田郁(つだ・かおる)
インディードリクルートパートナーズ リサーチセンター長
金融機関を経て、2011 年リクルート海外法人(中国)入社。グローバル採用事業『WORK IN JAPAN』のマネジャー、リクルートワークス研究所研究員などを経て、現在は労働市場に関するリサーチ業務に従事。経営学修士。
伊崎優仁(いさき・まさひと)
インディードリクルートパートナーズ HRエージェントDivision クライアントサービス育成支援部
2023年にリクルート入社。前職(大手鉄道会社)での人事・経営企画の経験を生かし、100社を超える九州エリアの企業のキャリア採用支援に従事。チームリーダーも務める。
「必要な人材」に積極投資 大手も中小も変わらず
中小企業が獲得したい人材に対して、どのような賃金を提示しているのかを把握するため、転職支援サービス、リクルートエージェントを通じて転職した人々のデータを分析し、転職後の賃金の変化に注目しました。
300人未満の中小企業への転職で「1割以上賃金が増えた」転職者の割合は、2019年度には30.1%だったところ、2023年度には35.4%まで上昇していました。その数値は、300人以上の大手企業の34.6%を上回っています。
このデータから、企業規模にかかわらず、前職の年収を上回る賃金を提示している企業が多いという実態が見てとれます。
転職エージェントを利用している中小企業は採用意欲が高い傾向にあるため、全ての中小企業にあてはまるとはいえませんが、自社が必要とする人材に対しては、手厚い報酬を含めたメリットを提示しているようです。
なお、求職者に魅力的な給与を提示している中小企業の中には、資金調達力を持ち、成長を目指すスタートアップもありますが、業歴が長い企業でも、新規事業開発やグローバルマーケットへの進出など、新たな戦略に際して必要な人材に投資しているとみています。
【採用事例】「年収上限額」を取り払い、理想の人材を獲得
自社の成長のカギを握る人材に出会ったことから、当初想定していた年収額の上限設定を取り払い、採用に至った中小企業の事例を紹介します。
A社は、公共インフラ分野のサービスに新たな価値提供を行う企業。西日本を本拠とし、東日本エリアの自治体向け営業の体制を整備するため、東京拠点を立ち上げました。
営業メンバーの新規採用にあたり、当初採用ターゲットとして想定していたのは、ゼネラリスト的な立ち位置でさまざまな業務に対応できる若年層世代。年収額は上限600万円程度に設定されていました。
しかし、転職エージェントの視点では、「事業展開をスムーズにするためには、営業専任のコアメンバーとして、経験豊富な人材が必要」「東京拠点なら中央省庁とのやりとりも担うはず。官公庁との交渉力を持つ人材がいるとよい」と考えました。スカウト機能も活用しながらターゲットとなる人材からの応募を得られるようA社とも合意し、採用活動を進めました。
そして、そのポジションを担える候補者から、スカウト経由で応募が届きました。40代後半でこれまで2社に勤務したBさんは、法人営業や経営企画など幅広い部門を経験し、自治体との折衝経験も持っていました。一時期、官公庁にも出向しており、省庁とも円滑なやりとりが期待できる人材でした。
Bさんからの応募があったことをA社とやりとりしたところ、経歴を見て「確かに今の自社に必要な人材」と判断し、面接を実施。「好奇心旺盛で、新たな領域にチャレンジする情熱がある」「社会的使命感を持っている」と、求める人物像にマッチしていることを確信し、採用を決めました。
しかし、当初設定していた年収上限額では、Bさんは前職より年収ダウンとなってしまいます。そこで上限設定を取り払い、Bさんの前職年収より数十万円アップとなる金額でオファー。無事入社に至りました。
入社後、Bさんは期待どおりの活躍を見せ、A社は「年収を上乗せしてでも採用してよかった」と喜んでいました。
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