「隣の人に質問できない」と仕事を抱える部下 組織が取り組むべき、「タスクの依存性」を高めるアプローチ
「隣の人に質問できない」と仕事を抱える部下。忙しいチームではよくある問題だが、組織、上司、本人はどう対応すべきか。
この記事は、『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか?』(黒住嶺・伊達洋駆著、日本能率協会マネジメントセンター)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
事例紹介
法務部4年目の渡邊浩人は、隣の席の駿河潤とは挨拶をする程度の仲だった。駿河だけではない。法務部のメンバーのほとんどとは、雑談を交わすこともない関係性だ。
10人のメンバーを統括する斉藤峯子部長は、法務部内でのコミュニケーションが欠落していることに問題意識を抱いていた。
渡邊は、営業部などが獲得してきた案件の契約書作成業務やそのメンテナンスなどを担っている。同じように契約書を担当しているメンバーは4人。あとは知的財産やコンプライアンスなどを担当しているメンバーで、計10人ほどが法務部に所属している。
契約書作成の依頼は、担当している部署から直接連絡が来るシステムになっているため、今自分がどんな案件を担当しているのかは、部長の斉藤峯子以外の法務部員に共有されることは少ない。
終始ワイワイと話し声が聞こえる営業部やマーケティング部のフロアに対して、法務部のフロアはカタカタとキーボードを叩く音だけが響き、いつも静まりかえっていた。
渡邊は日々押し寄せてくる契約書作成や確認作業に追われていた。その中で、どうしても細かな確認が必要だったり時間がかかりそうだったりするものは、後回しにしてしまう。
先日は、営業部の2人がデスクにまできて進捗を尋ねてくる一幕があった。周囲の法務部のメンバーが作業する手を止めることはなかったが、耳をそばだてていたに違いない。恥ずかしい……。
あの一件を反省し、少し手の空いたタイミングで、渡邊は今抱えている依頼の状況をもう一度確認していたところ、隣が騒がしくなった。同じく契約書作成業務を担当している駿河潤のデスクだ。「駿河さん、あの契約条件で問題ないか、まだ確認できないでしょうか?」
目をやると、営業部の加藤正仁が駿河に対し、申し訳なさそうにしつつもやや焦った様子で尋ねている。駿河のほうはまだ対応していなかったらしく、しどろもどろだ。
静かな法務部でのやりとりは、どうしても耳に入ってくる。渡邊は「まあ、駿河さんの仕事だから」と思って自分のPCに向かい、2人の声を聞き流していた。しかし、次第にその会話が気になって仕方がなくなっていった。渡邊がこの前、営業部にせっつかれて作成した契約書の内容とほぼ同じに思えたからだ。
渡邊は思わず「あの」と声を出し、会話に割り込んだ。駿河と加藤は一瞬きょとんとしたが、渡邊の次の言葉を待った。
法務部で声を発しているのが自分だけになっている状況にまた恥ずかしさを覚えたが、渡邊は自身が担当した案件がほぼ同じなので参考になるのではないかと伝えた。そして、自分が駿河に情報共有するので、駿河が細部を確認でき次第、すぐに加藤に連絡するのはどうかと提案した。
翌日、渡邊と駿河は斉藤部長に声をかけられた。駿河からの回答は昨日のうちに済んでいたが、加藤の上司である戸田匡課長から斉藤に話があったようだ。
「2人とも、昨日はお疲れ様。せっかちな戸田さんからちょっと言われたけど、渡邊さんが似た案件を駿河さんに共有してくれたおかげですぐ解決できて助かったわ」
斉藤は笑顔でねぎらってくれた。思えば、自分がこれまで後回しにしたことも、駿河や他のメンバーがすでに経験していて、聞けばすぐ解決したのかもしれないと、渡邊は振り返った。
すると斉藤は少し真剣な表情になり言葉を続けた。
「でも、隣同士なのにこれまで情報共有や交換がなかったのは、法務部の風土としてよくなかったかも。そこで今後は、一つの案件に対して主担当・副担当制にして、チームでできる仕組みを考えてみたいと思う。そのときはまず2人にコンビを組んでもらうからよろしくね」
渡邊と駿河は顔を見合わせた。
「タスクの依存性」を高めることが近道? メンバーの情報共有を活発化する方法
それぞれの社員が各自で仕事を進めることで情報が共有されず、結果的に仕事の先延ばしが発生している事例でした。これは決して珍しいことではなく、高い専門性を持つ仕事や交流が少ない組織内で起きやすい課題だといえるでしょう。こうした事態に対して、組織的にどう対策を立てていくことができるでしょうか。解決のアプローチを考えます。
仕事の「相互依存性」を高めることで、先延ばしが抑制される効果が報告されています。相互依存性とは、「タスク達成のために他者と協力する必要性」のことです。社内の協力体制を強化し、円滑なコミュニケーションを促進することで、社員は前向きに取り組めるようになり、先延ばしの抑制につながります。
つまり、自分のタスクと他のメンバーのタスクがどのくらい関連しているのかという「タスクの依存性」を高めていくことが、対策の方向性になります。他の人と一緒に取り組む必要性が出てくるので、自分の仕事を進めながらも、他の人にも頼らざるを得なくなります。
このタスクの相互依存性には複数のパターンがあります。例えば、関わるメンバーが横一列で「同時並行でおのおののタスクを進める」パターン。もしくは、「何かを進めた後でないと、次には進められない」という順序があるパターンです。
職場や職種によって、タスクの相互依存性をどこまで実現できるかは異なります。また、例えばIT系職種など、相互依存性の低さこそがハイパフォーマンスにつながる環境もあります。しかし、そのような職であっても現段階で先延ばしが問題になっている場合には、「できるだけメンバーが担うタスクを重ねていくこと」も対策として一考する価値があります。
【組織でできること】
組織でできる対策案としては、「相互依存性」という表題の言い換えのようですが、チーム単位で仕事を任せることです。具体的には、仕事の進捗やタスクをメンバー間で共有する機会を設けるとよいでしょう。
あるいは、組織の仕組みとして、協調性を評価する人事制度を導入したり、社内SNSの積極的な活用を促進するといった対策を講じるのもよいでしょう。個人とチームの成果は両立することを伝え、職場の風通しもよくなれば、社員同士で「協力し合おう」という意識が芽生えやすくなると考えられます。
対策のアイデア
- 個人単位で仕事を任せるのではなく、チーム単位で仕事を任せる
- 協調性を評価する人事制度を整え、連携を促進する職場の雰囲気を作る。個人とチームの成果は両立することを周知していく
- 社内SNSを活用し、部署や役職を越えた情報交換を活性化する
【本人にできること】
タスクの付与は上長からなされることが多いものなので、本人がタスクの内容自体を協力し合うよう変えることは難しいかもしれません。しかし、それぞれのメンバー間のコミュニケーションを密にして、情報連携を図っていくことはできるでしょう。
例えば、こまめに情報共有の場を設けたり、チャットツールでやりとりしながらタスクを進めたりするアプローチが考えられます。
対策のアイデア
- まめに進捗状況を共有し、情報連携を密にする。チャットツールも活用する
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