この記事は、『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか?』(黒住嶺・伊達洋駆著、日本能率協会マネジメントセンター)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
事例紹介
営業部のエース・鈴木一乃が大型案件を獲得し、システム開発部はその案件に総動員されることとなった。システム開発部の田山進次郎は、他社のシステム部門から転職して2年がたつ。システム開発部にはリーダーの加賀拓を筆頭に優秀なエンジニアがそろっている。しかし、あまりにも業務が多く、みんな疲弊しきっていた。
「いつもパツパツのスケジュールでの開発案件じゃないか」──システム開発部の田山は、心の中で悪態をついた。営業部が強い会社で、ひっきりなしに発注を取ってくることは素晴らしい。社外にも「あの会社の営業チームは強い」と一目置かれている。
しかし、開発にあたるスケジュールはいつもタイトだ。今回も、大木課長のプロジェクト進行にめどがついたと思ったそばから、この仕事が舞い込んだ。
田山が転職し、システム開発部に配属になって2年。少しずつ慣れてきたものの、スケジュールに余裕があったことは一度もない。
午後9時、システム開発部は誰も帰る気配がない。キーボードの音と、時々誰かの独り言が聞こえる。みんな一刻も早く終わらせて、自宅のベッドに倒れ込みたいと思っている。
そんな中で、田山は「ん? 本当にこのまま進めて大丈夫か?」と思う設計内容に直面した。確認しようにも営業部の担当者・鈴木はとうに帰宅している。
「ここで手を止めていたら1週間後のスケジュールには間に合わない。明日聞いたところですぐに返事が返ってくるわけではないだろう」
そう思い、気付かぬふりをして一心不乱に先へ先へと進めていった。そのうちに、違和感を持った箇所があったことすら忘れていった。
1週間後、無事に開発されたシステムが納品され、田山は安堵した。同じ開発チームのメンバーにも疲労の色が見える。みんな昼夜を問わず手を動かしてきたのだ。
程なくして、営業部担当者の鈴木から内線が掛かってきた。「田山さん、先ほど納品いただいたシステムに不具合があったみたいで。クライアントから問い合わせがきています」
田山の背中に冷たい汗が流れた。
「すぐに確認します」と言ったものの、田山にはどこにエラーがあるのか見当もつかなかった。開発チームのメンバーを集めて、状況を報告し、全員で手分けして問題となっている箇所を探した。
隣の席のチームリーダーの加賀は「今日は早く帰れる! 息子と一緒に夕飯を食べられるかも」と喜んでいたのに、結局、気付けば今日も時計の針は午後10時を過ぎていた。チームメンバーの全員が田山と同様に、ここ最近は余裕がない状況だ。イライラしたり家族に連絡を入れたりする姿が見える。田山も眠気を覚ましに栄養ドリンクを飲み干し、必死に画面に食らいついた。
最終的に見つかった設計ミスは、田山が「本当にこのまま進めて大丈夫か?」と疑問を持った箇所だった。疑問を持ったタイミングで確認しなかったために、原因を探るのに膨大な時間を要してしまった。
田山は、チームメンバーへの申し訳なさと、「必死に開発を進めたのにこのありさまか……」と自分自身にむなしさを感じずにはいられなかった。もはや、誰のため、何のために仕事をしているのかも分からなくなっていた。
「申し訳ありません」とうなだれる田山に、加賀は「田山さんのせいじゃないです」と返した。
「最近は目の前の仕事をこなすことばかりで、対策を立てたり『どうありたいか』を考えたりすることができなかった。少し仕事の仕方を見直していく必要があるんじゃないか、と僕は思っているんです」とチームメンバーに聞こえるように伝えた。
その加賀の言葉を聞いて、やっとの思いで田山は顔を上げることができた。
業務の性質を見極め、量を調整する方法
常に目の前の仕事に追われて余裕なく働く田山にアクシデントが起こりました。考える余裕がないほどの業務量をこなしていると、重要な確認や仕事でも先延ばしにしがちです。組織の中でどのような仕組みをつくっていくと、先延ばしやトラブルを防ぐことができるのでしょうか。
今回のケースは、先延ばしの理由と対策を考えるうえで、やや複雑な状況にあるといえるでしょう。状況としては、プロジェクトには明確に締め切られ、先延ばしをせずに着手していると考えられますし、ある仕事を優先した結果として、別の仕事を後回しにすることは、適切な対応と見なすこともできます。
ただ、問題だったのは、その先延ばしにした工程が、手戻りのリスクを伴うものであったことです。「進めれば成果が得られる」という作業自体が優先されたと考えて、逆に「成果がないかもしれない」工程が先延ばしにされないよう対策を実行するとよいでしょう。
あるいは、業務量が過多であることで冷静な判断を欠き、前述の工程が先延ばしにされたと考えることもできます。業務量の調整には、「ジョブ・クラフティング」(※)も有効です。
※ジョブ・クラフティング:仕事そのものを自分なりにアレンジし、仕事の捉え方を変えるアプローチ。「資源の希求」 「挑戦の希求」 「要求の低減」の3つの要素がある。
ジョブ・クラフティングの一つの手法として、要求される仕事量の調整があります。自分にとって適切な量に変えていく「要求の低減」ができるとよいでしょう。これにより、過度な要求による負荷が軽減され、それぞれのタスクを着実に進めていけることが期待されます。ここでは、業務量の調整に注目して対策を提案していきます。
【組織でできること】
それぞれのメンバーの業務量をリアルタイムで把握していくことが欠かせません。繁忙期や、それ以外の時期でも特定の人へ業務が集中している場合には、その人をサポートする体制をつくっていくなど、業務量を調整する働きかけをしていけるとよいでしょう。
メンバー一人一人に心を配ることで、結果的にはチーム全体のパフォーマンス向上につなげていくことができます。また、自分が大変な時にサポートしてもらうことも期待できます。お互いの業務量をきちんと把握しながら支え合って進めていけるとよいでしょう。
「マニュアルを整備し、属人的な業務を標準化すること」も有効です。こうした施策により、互いの仕事をカバーしやすくなる効果があります。
対策のアイデア
- 各メンバーの業務量を把握し、応援体制を敷く
- マニュアルを整備し、属人的な業務を標準化する
【本人にできること】
本人の対策としては「業務量を見直すこと」が軸になります。現在の業務量を見渡して、優先順位を付けて、それが低いタスクは思い切ってカットしていくことも必要です。
削除することが難しければ、同僚に協力を求めることで得意分野の業務を分担したり、「きちんと遂行するため」という認識を共有したうえで取り組む期日を交渉し、後ろ倒しに設定してもらったりという方法もあり得るでしょう。
対策のアイデア
- 1日の業務量を見直し、優先度の低いタスクは思い切ってカットする
- 同僚に協力を求め、お互いの得意分野を生かして業務を分担する
- 遂行するという認識を共有したうえで、期日を交渉する
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