なぜ補助額を4万5000円にしたのか? GIGAスクール構想「端末仕様策定の中心人物」に聞く:日本のデジタル教育を止めるな(1/2 ページ)
文部科学省の情報教育・外国語教育課長としてGIGAスクール構想第1期の端末仕様や補助額の設定に深く携わり、世界標準を超える教育ICT環境の整備に奔走した髙谷浩樹氏に、MM総研代表の関口和一がインタビューで迫る
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スウェーデンの教育政策のアナログ回帰などを取り上げ、教育デジタル化の弊害や課題を指摘するメディアがこのところ増えている。「1人1台」を掲げ2019年末から整備されたGIGAスクール環境の端末仕様に対し「特定メーカーへ誘導があったのではないか?」といったことなども取りざたされた。
文部科学省の情報教育・外国語教育課長としてGIGAスクール構想第1期の端末仕様や補助額の設定に深く携わり、世界標準を超える教育ICT環境の整備に奔走した髙谷浩樹氏(現福島国際研究教育機構理事)に、MM総研代表の関口和一がインタビューで迫る(関口氏の発言を――としています)。
(写真右)福島国際研究教育機構 理事 髙谷浩樹氏。(写真左)MM総研代表取締役所長の関口和一氏。髙谷浩樹氏の経歴は2018年7月より2020年7月まで文部科学省初等中等教育局情報教育・外国語教育課長としてGIGAスクール構想立ち上げを担当。その後、理化学研究所 経営企画部長兼デジタル庁GIGAスクールアドバイザー、文部科学省 大臣官房会計課長などを経て、2024年7月に文部科学省 大臣官房審議官 科学技術・学術政策局担当。2025年4月より福島国際研究教育機構に出向。理事(現職)。
端末の補助額を4万5000円に設定 根拠は?
――2019年末に立ち上がったGIGA第1期プロジェクトで、端末仕様や補助額に関し有識者が特定のOSメーカーに有利になるように誘導したのではないかと週刊誌が報道しました。これについてどのようにお考えですか? また、文部科学省として端末1台当たりの補助額を4万5000円に設定した根拠についても、ご説明いただけますか。
その記事で私が1番驚いたのは、2人の有識者が、有識者会議などを通じて端末仕様や価格を特定のOSメーカーに誘導したという指摘でした。
文部科学省が端末の仕様や補助額を決めた時点で、そもそもそのような有識者会議は存在していません。私自身が当事者として懸命に担当した仕事に対して何を書いているのか。完全な間違いで、あまりに酷いと正直かなりの怒りを覚えました。
2人の有識者の名前を出したのは、それが利権構造につながっているというのが、大衆受けの読み物として面白くなるということだと思いますが、お2人ははっきり申し上げて仕様選定や価格設定に何も関わっていません。4万5000円は最終的に財務省との折衝でわれわれ(文部科学省)が決めたものです。お2人に対する名誉棄損になり得ますし、その雑誌自体の信ぴょう性にも疑念を持たざるを得ません。
――仕様や補助額を決める過程で、海外でよく利用される端末構成や価格設定など、参考とした事例はありますか?
研究行政の他分野でもよくやるように、端末メーカー含めたICT各社、OS事業者に話を伺っています。OSは端末仕様の対象となる3事業者全てに話を聞きました。この他にも教育関係企業や行政官でもICTに詳しい方と話し、端末の価格を総合的に見た相場感を、ある程度持っていました。
中には2万円程度で実現可能という主張もありましたが、当時の一般的な手軽なPCの平均価格は10万円程度、下がっても6万円程度という状況でした。さまざまな指標があるなかで、あまり価格を下げすぎても産業側にショックが大きいだろうし、さらに海外の100ドルPCプロジェクト(編集注)のような端末を採用しても、日本は対応が追いつかないだろうということもあり、結果として4万5000円としました。
編集注)One Laptop per Child(OLPC)プロジェクトを指す。2005年にMITメディアラボが立ち上げ、その後、活動は財団化され、現在はOLPC協会が管理
この仕組みは4万5000円のPCを国が提供するというわけではなく、市町村自治体が整備する端末価格は5万5000円でも6万円でもよいが、そのうち国が4万5000円分を補助するということです。
本来、子どもたちの教育環境は自治体が責任を持つものであることを前提に、必要に応じ不足額を自治体が充当し、しっかりと1人1台のICT端末環境をそろえてくださいという考え方で、これは財務省とも一致した認識でした。
――その点が少し履き違えられたのかもしれませんね。自治体としてみれば、教育に活用できるICT端末がそろえばよいわけで、費用はなるべく節約したい。国の補助額のなかで購入できる端末があればそれを活用しようと考えたのでしょうか。
結果は良かったと思います。当時は端末メーカー側も自治体が購入しやすいような価格帯となるように努力してくれました。
――なるほど。GIGA第1期も、コロナ禍で前倒しになり、計画が変わった部分があると思います。当初、学校内利用を前提に整備計画をしましたが、家に持ち帰って使えるようにしなければならなくなり、ネットワーク整備の話が後から出てきたのではないのでしょうか?
いえ、ネットワーク整備が最初です。令和元年(2019年)8月、令和2年度に向けた概算要求の中で、校内のネットワーク整備支援を計上しました。学校内にちゃんとWi-Fiが飛ぶ環境を整備すれば、端末の普及が進むのではないかという考えでした。
GIGA第1期が始まる前から3人に1台分の予算は地方財政措置されていましたので、さらに国費で手当てすることは通常の考え方では難しい。しかしネットワークは学校の施設整備費で国がお手伝いしやすかったということもありました。
――このネットワーク整備はGIGA第1期の前ですね。GIGAが2019年の12月でしたからその前の2019年8月ですね。
そうです。ネットワーク整備があり、その後、端末1人1台化の構想という順序です。その後になってコロナ禍で家に持ち帰るという話が出てきた。家にWi-Fiがあればよいが、ない場合はLTEを使わなきゃいけない。そういう意味ではコロナ禍はイレギュラーな話でした。
――LTE端末にするアイデアもあったかと思いますが?
確かに。しかしLTE対応端末は価格が高くなり、運用も複雑になります。子どもたちに校内外でどのように扱わせるかという課題も出てくるので、まずはLTEではなく学校で、Wi-Fiで、という発想になりました。
そこで、コロナが起きてしまった。対策として、まずは家にあるWi-Fiを使って接続してくださいとお願いしました。そして次の補正予算でWi-Fiのない家庭向けにモバイルルーターを補助しましょうという話になりました。コロナ禍で学校に行かなくても授業ができるようになり、学校環境として大変な進化だったと思います。
――GIGA第1期の成果をどのように評価していますか?
とにかく端末を活用してもらいたいという思いで施策を展開していきましたが、 GIGA第1期の時は、じっくり考える時間はありませんでした。その後、有識者の先生方が中教審で、整備している1人1台端末の活用スタイルを新たな教育の形として「令和の日本型学校教育」(編集注)にまとめられ、大変うれしかったことを覚えています。
――個別最適な学びについてはどうですか?
私が担当した時は、ICTはいろんな使い方ができるんだ、学びが広がるんだというところを訴えていました。そうでないと学校の先生方に活用を理解いただけないと思っていました。その結果としてあれだけ体系的に(「令和の日本型学校教育」)、ICT は絶対必要だとレファレンスをまとめていただいたことが、個別最適な学びや探求学習など今の教育全体の新たな学びにもつながっていると考えています。
――GIGA第1期の仕様や補助額を策定していく中で、抵抗勢力もあったのではないでしょうか。
いろいろなところにありました。今もあります。やっぱり「紙」がいい人はいますよね(笑)。
――メディア業界でもイノベーションを否定的にとらえるところがありますから。
当初(GIGA第1期の端末仕様や選定・整備計画)は、メディア批判はさほど大きくなかった。その後、学校でのICT活用が広がるにつれ、批判的な報道が出てきていますね。
むしろ当時はICT産業界のなかで「従来の教育 ICT」 をずっとやってこられた方からも、いろいろなことを言われました。
ある業界の方が集まる場で、これからはクラウド活用の時代ですとお話しすると、とある人が「とはいってもクラウドってまだまだ技術的に未成熟ですよね。やっぱりサーバが必要でしょう。そうですよね?」と何回も私に念押ししてきたんです。私から何か言質を取りたかったんでしょうね。
教育ICTの活用はICT産業界にもうれしいことだと思いますが、 クラウド、インターネット、低価格な端末を組み合わせた環境整備、要するに構造変化に強く抵抗する勢力がいると感じました。
――そうですね。デジタル庁の前身、IT 総合戦略室時代から「クラウド バイ デフォルト」(編集注)の方向に政府も移行しようとしていましたが、採用は進みませんでした。
編集注)世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画(2017年5月30日閣議決定)の中で、政府情報システムにクラウド・バイ・デフォルト原則の導入を施策として示した。
GIGA第1期を検討した2019年の時点で、クラウドが世界標準だったことが重要ではないでしょうか。当時のIT総合戦略室も、文部科学省も世界標準で採用を決めていかなければならない。クラウドの方が当然、安く迅速に利用できます。そこに向かっていかないと全体が継続的な仕組みとならず、どこかで破綻してしまいます。
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