なぜ補助額を4万5000円にしたのか? GIGAスクール構想「端末仕様策定の中心人物」に聞く:日本のデジタル教育を止めるな(2/2 ページ)
文部科学省の情報教育・外国語教育課長としてGIGAスクール構想第1期の端末仕様や補助額の設定に深く携わり、世界標準を超える教育ICT環境の整備に奔走した髙谷浩樹氏に、MM総研代表の関口和一がインタビューで迫る
4万5000円の根拠は「クラウド活用が前提」
――端末価格の話に戻りますが、4万5000円の根拠は、やはりクラウド活用が前提ということですよね。
そのとおりです。2019年8月に校内ネットワークの整備から取り掛かったのも、そのネットワークを通じてクラウドにつなげることを前提としていました。技術的な視点からも、GIGAスクール構想検討の当初からずっとクラウド活用を念頭に置いていました。
――するとクラウド上の活用プラットフォームの準備や、端末以外にも周辺整備が必要になります。これらはどのようなスキームで進めようとお考えでしたか。
当時、自治体に向けた地方財政措置では、端末に加えてさまざまな予算が見込まれていましたので、全体としてクラウド活用による費用削減分でまかなえると考えていました。例えば、地方財政措置のなかにはサーバーの運営費用も含まれていましたから。
――端末の仕様はどのようにまとめていったのでしょうか?
想定する端末活用に必要な要件が書かれています。キーボード、カメラや画面サイズなどですね。過去の議論やICT企業からのヒアリングなども踏まえ、具体的な項目を示しました。
――その際、特定の端末やOSをイメージして書いたわけではないですよね?
3つのOSごとにまとめて示しています。そこは3者横並びで提示しないといけないと考えていました。
――実際にGIGAスクール構想がスタートすると、3つのOSの選択は結果的に全国の自治体や教育委員会が行うことになったと思います。進め方をもう少しこうすべきだったというようなところはありますか?
全国一律とまではいかないものの、もう少し検討・整備の単位をまとめたら良かったと思っています。多くの学校の先生方は都道府県の職員ですから、都道府県内で学校を異動しますよね。
少なくとも都道府県単位でまとまると、子どもたちも先生方ももっと楽になると考え、共同調達でやりましょうと当時提唱しましたが、うまく実現しませんでした。その共同調達が第2期で一定程度実現したことは、後輩はじめ関係者の皆さんの努力の結果で、本当に良かったと思います。
第2期でその共同調達の前提となる基金の仕組みですが、政府予算ではコロナを境に基金型がぐっと増えましたが、コロナ前は基金の仕組みはほぼなく、当時はハードルがとても高かったんです。
――GIGA1期のころから予算を基金として扱い、複数年で活用できるようにするアイデアがあったわけですね?
その通りです。国全体で1つの基金を作ったらどうか? 単年度など限られた期間での整備から解放され、予算執行もまとめられる上にその後の課題解決も共通化できるので、関係者の事務負担も大幅に減少します。GIGA第1期の時、アイデアを提唱し、当時の矢野審議官(編集注)も同じく強く提唱してくれました。
(編集注)矢野和彦氏 文部科学省 文部科学審議官。GIGAスクール構想第1期の時に大臣官房審議官。同構想立ち上げからプロジェクトのリーダーを務める。本連載の第5回インタビューに登場。
――でもハードルが高かったのですね。
当時、実現できなかったのが悔やまれると後輩には言っていたので、それを受け止めてくれたのか分かりませんが、2024年から始まったGIGA第2期では都道府県単位の基金化を実現してくれました。
――再びネットワーク整備に話を戻しますが、当時LTEの採用検討はなかったのですか?
コロナ禍で自宅からの接続を考える必要性が出てきたとき、すでにLTEで先行している学校や自治体の実情を聞きました。例えば多くの人数が利用する環境でOSやアプリのアップデートをLTEだけで実現できたでしょうか?
モバイル回線を主力とする自治体もありますが、ネットワーク運用には苦労されていました。さらにコストの問題もあり、Wi-Fiは必要だと考えました。いきなりLTEを主力回線にすると、通信維持の持続性がなくなるだろうということです。まずは学校のWi-Fiは必須と考え、応用としてLTEも活用できればよいという考えでした。
――Wi-Fi接続端末に、LTEモジュールを追加搭載すると価格上昇につながりますよね。
LTEは日本独自仕様でもあり、端末の価格が高くなります。自治体に継続的に運用してくださいといえる仕組みを作るには、いかに費用負担の少ない仕組みを整えるかということだと思います。エコシステムを生み出すことでもあり、徹底していろんなところを安くしたかった。
――矢野さんとのインタビューで、GIGA第1期の頃、学校からインターネットに出る校外ネット接続の価格が非常に高かったという課題があったと伺いました。
校内ネットワークは電気や水道と同じインフラなので将来5〜10年後のトラフィック増を見据え、まず校内の帯域を太くしたいというアプローチで臨みました。合わせて通信キャリアには、各社が提供するインターネット接続の主要なサービスが、学校からのトラフィックに耐えられるかといった観点で話を伺いました。
文部科学省はWi-Fi設備など校内のネットワークインフラを高速に整備することはできるのですが、校外とつなぐのにどういうサービスを契約するかは自治体や学校の判断となっています。
――実際に使い始めたら、ラストワンマイルの回線が帯域不足となる問題が噴出しましたよね。インターネットを活用したクラウド接続が前提にもかかわらず、なぜギャランティ型の中低速の専用線を利用するのか疑問に思っていました。
同感です。整備当時、文部科学省からはあまり強く訴えてはいなかった。この点は後輩たちが現在進められているGIGA第2期の整備で頑張ってくれた結果、改善に向け大きく前進していると思います。
――同じく矢野さんのインタビューで、GIGAスクール構想のキラーコンテンツは学力調査とデジタル教科書やデジタル教材だが、両者ともまだ道半ばということでした。政府が運用する小中学校の学力調査システムへの接続やデジタル教材の流通プラットフォームとして多くの自治体が「学習eポータル」を採用しています。これについてどのように見ていますか?
私は学習eポータルの「今の状況」を大変、懸念しています。今年3月に出た文科省の有識者会議の報告書(編集注)でも問題点が指摘されていますが、何より民間事業者が提供している学習eポータルが「無償」で始まったことが問題と考えています。
(編集注)効果的な教育データ利活用に向けた推進方策について (令和6年度議論のまとめ) (令和7年2月 教育データの利活用に関する有識者会議)文部科学省
GIGA第1期に、文科省の通達に応じる形で大手2社が学習eポータルを「無償」で提供してしまったことで、多くの自治体は現在の学習eポータル機能が本当に必要なのかよく吟味せず導入してしまったのではないでしょうか。
学習eポータルは民間事業者が運営していますので、少なくとも運営経費が必要なはずです。それを確保するため、結果としてEdTechのようなデジタル教材を提供する事業者から手数料をとるビジネスモデルとなってしまい、市場で主従関係ができてしまいました。私はエコシステムとして学力調査やアプリから発生するデータの利活用が正しく進むように、いまからでもデータ標準化のみを先行させるべきだと考えます。
そのうえで、学習eポータルを展開する民間事業者はデータの保存や相互接続など利活用のための仕組みといった機能を「有償のビジネス」として提供するべきではないでしょうか。
すると自治体は、有用性と費用を天秤にかけ、自身のものとして正しく認識できる。そのためには学習eポータルというプラットフォームありきではなく、まず教育データの規格や交換のためのプロトコルの共通化を、コミュニティー型で進めるべきだと思います。
――現在の大手学習eポータル事業者は教育データ規格の標準化を主導せず、自治体の囲い込みに走ってしまったのでしょうか?
学習eポータル事業者も、標準化を一生懸命に検討していますよ。しかし、それがエコシステムとして広がりに欠けている。EdTechへの手数料収入ありきのビジネスモデルと結びついてしまっているからです。さらに学習eポータルの市場が既に飽和してしまったため、後発の学習eポータル事業者も参入しにくくなっており、悪循環です。ですので、まずは規格標準化、共通化をビジネスモデルにとらわれず考えていってほしいと思います。
――なぜここまでエコシステム形成が歪んでしまったのでしょうか?
当初学習eポータルを展開した事業者が、学習データの集積が将来的にビジネスとなると見込み、業界全体のコンセンサスが形成されないまま独自に先行投資を急ぎすぎたのではないでしょうか。もちろん適切なデータ利活用は進めていってほしいのですが、現状、デジタル教科書やデジタル教材などの提供社からみると、ビジネスモデルが透けてしまうわけです。
実際、学習eポータルに接続するデジタル教科書の数は、思ったほど伸びていない状況ですね。アプリから見ても、利用者から見ても中途半端になってしまっていると思います。ICT事業者やEdTech事業者、それにデジタル教科書の開発に関連するような業界全体でデータ利活用に必要なデータ標準化についてもう一度深く議論し、現状を打破してほしいと願います。
著者情報:関口和一(せきぐち・わいち)
(株)MM総研代表取締役所長、国際大学GLOCOM客員教授
1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。1988年フルブライト研究員としてハーバード大学留学。1989年英文日経キャップ。1990年ワシントン支局特派員。産業部電機担当キャップを経て、1996年より編集委員を24年間務めた。2000年から15年間、論説委員として情報通信分野などの社説を執筆。日経主催の「世界デジタルサミット」「世界経営者会議」のコーディネーターを25年近く務めた。2019年株式会社MM総研の代表取締役所長に就任。2008年より国際大学GLOCOMの客員教授。この間、法政大学ビジネススクールで15年、東京大学大学院で4年、客員教授を務めた。NHK国際放送のコメンテーターやBSジャパン『NIKKEI×BS Live 7PM』のメインキャスターも兼務した。現在は一般社団法人JPCERT/CCの事業評価委員長、「CEATEC AWARD」の審査委員長、「技術経営イノベーション大賞」「テレワーク推進賞」「ジャパン・ツーリズム・アワード」の審査員などを務める。著書に『NTT 2030年世界戦略』『PC革命の旗手たち』『情報探索術』(以上日本経済新聞)、共著に『未来を創る情報通信政策』(NTT出版)、『日本の未来について話そう』(小学館)『新 入門・日本経済』(有斐閣)などがある。
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