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出社回帰ブーム 「実は自主退職が狙い」は本当か?

出社回帰の流れが止まりません。米アクセンチュアの方針転換には“裏目的”があるとささやかれますが、本当なのでしょうか。

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 テレワークを縮小して、出社に回帰する動きが報じられています。アクセンチュアとアマゾンウェブサービスジャパン(AWSジャパン)は2025年に入って、全社員に週5日のフル出社を義務付けました。LINEヤフーも2025年から、週1〜月1回の出社を義務付けています。

 米国ではAppleが2022年から週3日、Googleは2024年からやはり週3日、Amazonは2025年から週5日、それぞれ出社を義務付けています。

 理由を見ると「対面コミュニケーションの重要性を再評価」(アクセンチュア)、「企業文化の維持と従業員間の連携強化」(アマゾン、AWSジャパン)、「企業文化の醸成と組織力の強化」(LINEヤフー)、「創造的な業務や協働の質の維持」(Apple)などとなっています。

相次ぐ出社回帰 狙いは「人員削減」?

 米国の著名企業がテレワークを廃止したことについて、出社できない労働者を離職に追い込んで人員削減をするための策略なのではないかという論調が一部にあります。

 しかし、これは勘繰りすぎでしょう。

 米国は「随意雇用」といって、雇い主が望めば、いつでも雇用関係の解消は可能であるという考え方が広く行き渡っています(ただし人種や肌の色、年齢などを理由にする差別的な解雇は禁止されています)。

 日本では30日前までに予告しなければならなりませんが、米国ではそうした規定もありません。また、ジョブ型雇用が主流なため、人員が余剰になったら、余剰になったジョブの人を解雇するはずです。いつでも「明日から来なくて良い」と言える状況で、ジョブとは関係なく、出社が困難である人に的を絞って離職に追い込むなどという、遠回りなことをするとは考えられません。

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(提供:ゲッティイメージズ)

テレワーカーは怠けているわけではない

 そもそもテレワークをする人が安寧を貪っているかのような見方自体に根拠がありません。組織行動論を専門とする麓仁美氏は、2020年7月に「リモートワークとウェルビーイングに関する調査」をインターネットで行いました。

 その結果、オフィスワークのみの人たちとリモートワークをする人たちの間で、ストレス(気分の落ち込みや抑うつ傾向)やワークエンゲージメント(仕事に対するポジティブな感情)に、統計的に有意な差、すなわち偶然といえる範囲を超えた差はありませんでした。リモートワーカーはオフィスワーカーに比べて、残業時間こそ少ないですが、仕事に対する負担感には有意差が見られませんでした。

 テレワークの恩恵は出社を免れることよりむしろ、支援の在り方です。リモートワーカーはオフィスワーカーに比べて、頼まれなくても自ら同僚を支援することが増えると同時に、自らも望めば上司や同僚から支援を受けられる程度が高いことが明らかになりました(『コロナ禍のリモートワークとウェルビーイング』高橋潔(※)、加藤俊彦編『リモートワークを科学する』第2章、2022年、白桃書房)。

(※)「高」は「はしごだか」。

企業はテレワーク続行に意欲的

 日本企業は、米国企業に比べ依然としてテレワーク続行に意欲的です。

 東京都が2024年11月に実施した「令和6年度多様な働き方に関する実態調査(テレワーク)」によると、都内の企業の58%がテレワークを導入しており、そのうち86%が「今後もテレワークを現状維持するか、拡大する」と答えています。

 パーソル総合研究所が2024年7月に行った「第9回・テレワークに関する調査」では、働く人の22.6%がテレワークを行っています。この割合は、ピークであった2022年2月の28.5%に比べると低いものの、それでも当時の8割弱の水準を維持しています。注目すべきこととして、1年前である2023年7月と比べると、わずか0.4ポイントですが上昇しています。

最大の課題はコミュニケーション

 テレワークが日本企業に定着するかどうかを占う上で、課題は「コミュニケーション」と「信頼」です。

 前出の東京都調査をみると、企業側が「テレワーク導入後の課題」(複数回答)として挙げている最大の項目は「社内コミュニケーションの減少」で、69%の企業がこれを挙げています。従業員側が「テレワークを実施してみての課題」(複数回答)として最も多く挙げていうこともやはり「社内のコミュニケーションに支障がある」で、48%の人がこれを挙げています。

 職場内におけるコミュニケーションには、上司から部下へと向かう下向きのものと、部下から上司へ向かう上向きのものがあります。下向きのコミュニケーションは、

  1. 仕事の指示を与える
  2. 仕事の内容や、他の仕事との関連について説明する
  3. 組織の規則を教える
  4. 仕事の結果や業績についてフィードバックする
  5. メンバーが共通の意思や使命感を持てるような情報を与える

という5点に集約できます。

 上向きのコミュニケーションには

  1. 要求する
  2. 取り入る
  3. 主張や要求の根拠を示す
  4. 交換条件を出したり、過去に売った恩を思い出させたりする
  5. 支援を求めて、より上の層にアピールする
  6. 同僚の支援を得る

などのことがあります(角山剛『組織行動の心理学的視点』、金井篤子編『産業・組織心理学を学ぶ』第6章)。

 上向きにせよ下向きにせよ、コミュニケーションのうちのいくつかは、メールやチャットで行ったりしたら、大騒動に発展しかねません。Zoomや電話でも危険です。

テレワークはなぜ、コミュニケーション効率が悪いのか

 メールやチャットが組織にとって火種になるのは、ユーモアを表現することが困難だからでしょう。対面では、よほど深刻な話でない限り、笑みを浮かべ、ジョークを交えて話します。ジョークを交えてこそ言えることもあります。しかしメールで文字を笑わせることはできませんし、ユーモアに富む文章は誰にでも書けるものではありません。仮に書けたとしても、メッセージにいちいちユーモアを織り交ぜることは煩雑で、肝心の仕事が進みません。Zoomでも、冗談や笑顔に対面ほどのリアリティーはありません。

 メラビアンの法則というものがあります。米国の心理学者アルバート・メラビアンが提唱した理論です。これによると、対人コミュニケーションで情報は、言葉の内容(言語情報)で7%、声のトーンや話し方、抑揚(視覚情報)で38%、表情やジェスチャー、視線(視覚情報)で55%伝わっているとされています。対面で話せば数分で終わることが、メールで伝えようとすると何十分もかかってしまう上に、時にうんざりするほど長いメールを受け取るのはこのためです。

働く人の、最大の不安は信頼低下

 パーソル総合研究所が行った「第9回テレワークに関する調査」(2024年7月実施)によると、就業者が抱くテレワーク時の不安感の上位3つは「非対面のやりとりは、相手の気持ちが分かりにくくて不安だ」「上司から公平・公正に評価してもらえるか不安だ」「上司や同僚から仕事をさぼっていると思われていないか不安だ」です。共通しているのは、「上司や同僚が、もしかしたら私の利益を損なうかもしれない」という疑念です。

 日本における信頼研究の第一人者である山岸俊男氏は、信頼を「相手が自分を搾取しようとする意図はもっていないという期待の中で、相手の人格や相手が自分に対して持つ感情についての評価に基づく部分」と定義しています(『信頼の構造』1998年東京大学出版会)。乱暴であることを承知の上で言い換えると「あの人は私にとって安全だ。なぜならあの人は良い人だし、私を好意的に見ているから」という気持ちです。つまりテレワークが抱える問題のひとつは信頼の低下です。

 ハーバードビジネススクールの教授で、デジタル戦略を研究しているセダール・二―リー氏は、リモートチームにおける信頼構築策として次の5つを推奨しています(『リモートワーク・マネジメント』、山本泉訳、2021年、アルク)。

  1. 適度な信頼(最低限必要な信頼)を確保する
  2. 迅速な信頼(適度な信頼を超える信頼)を確保する
  3. 感情的信頼(好意や感情的な絆に基づく信頼)を確保する
  4. 相手の眼に自分がどう映るかを知る
  5. 自己開示する

 ただしセダール氏の説は、チームのメンバーが世界中に散らばっている状況を前提にしています。部分的にでも出社という選択肢はありません。出社も可能なテレワークのもとでの信頼形成については、人的資源管理論が専門の田中秀樹氏が調査しています。田中氏はテレワーク化で信頼を維持・向上させるには、次のことが効果的であると述べています(『リモートワークにおける組織の調整・統合の方法とコミュニケーション』、高橋潔(※)、加藤俊彦編『リモートワークを科学する』第3章、2022年、白桃書房)。

  1. 上司が部下とのコミュニケーション頻度を増やすこと
  2. チームメンバーとの進捗共有頻度を増加させること
  3. テレワーク日数を減らすこと

 田中氏は、よほどの準備ができていない限り、フルリモートを進めることは危険だと結論付けています。

 リモートワークと出社をコミュニケーションや信頼の構築だけで比較したら、出社の方が優れています。しかし通勤のコストやオフィス賃料のコストが低いこと、落ち着いて仕事ができるなどのメリットは、欠点を補って余りあります。これだけクラウドが普及した時代に、オフィスワークが標準であり続けるとは予想できません。

 コロナ禍でしきりに言われたように、あくまでリモートワークを主としつつも、オフィスワークも併用する流れは、なくなるとは考えづらいでしょう。

著者紹介:神田靖美

人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。企業に対してパフォーマンスマネジメントやインセンティブなど、さまざまな評価手法の導入と運用をサポート。執筆活動も精力的に展開し、著書に『スリーステップ式だから、成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)、『会社の法務・総務・人事のしごと事典』(共著、日本実業出版社)、『賃金事典』(共著、労働調査会)など。Webマガジンや新聞、雑誌に出稿多数。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。MBA、日本賃金学会会員、埼玉県職業能力開発協会講師。1961年生まれ。趣味は東南アジア旅行。ホテルも予約せず、ボストンバッグ一つ提げてふらっと出掛ける。

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