2015年7月27日以前の記事
検索
連載

ディズニーともコラボ 中国発・雑貨大手の巧みなIP戦略 店舗を「コンテンツ化」する仕掛けとは?がっかりしないDX 小売業の新時代

中国発雑貨ブランドMINISOの店舗を見ていると、単なる雑貨店ではなく、店舗そのものを「コンテンツ」であり、マーケティング資産だと捉える巧みな戦略が浮かび上がる。MINISOの戦略から、日本の小売業はどのようなことが学び取れるのか、解説する。

Share
Tweet
LINE
Hatena
-

【注目】ITmedia デジタル戦略EXPO 2025夏 開催決定!

従業員の生成AI利用率90%超のリアル! いちばんやさしい生成AIのはじめかた

【開催期間】2025年7月9日(水)〜8月6日(水)

【視聴】無料

【視聴方法】こちらより事前登録

【概要】ディップでは、小さく生成AI導入を開始。今では全従業員のうち、月間90%超が利用する月もあるほどに浸透、新たに「AIエージェント」事業も立ち上げました。自社の実体験をもとに、“しくじりポイント”も交えながら「生成AIのいちばんやさしいはじめ方」を紹介します。

連載:がっかりしないDX 小売業の新時代

デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。

 以前も本連載で取り上げた、中国発の雑貨チェーン「MINISO」(メイソウ)が、世界各地で急速に存在感を高めています。

 日本のユニクロに似た看板と、無印良品とDAISOを組み合わせたような店舗や商品デザインからスタートしたMINISO。現在はブランドアイデンティティーを大きく変化させ、グローバルに受け入れられる戦略で、Z世代を始めとした多くの人々の心をつかんでいます。

(参考記事:ユニクロやDAISOにそっくり? ナゾの中国発雑貨「メイソウ」が、世界中で高速出店できるワケ

 MINISOは、6月に筆者が視察に行ったシンガポールでも、さまざまなショッピングセンターや空港にテナントとして出店していました。

 MINISOを見ていると、店舗そのものを「コンテンツ」であり、マーケティング資産だと捉える巧みな戦略が浮かび上がってきます。MINISOの戦略から、日本の小売業はどのようなことが学び取れるのか、解説していきます。


中国発雑貨の戦略から日本の小売りは何を学べるのか。MINISOチャンギ空港店(2025年6月6日、筆者撮影、以下同)

著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)

photo

20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。

現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。

公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇

公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0

店舗を「コンテンツ」として活用する戦略

 MINISOは収益の90%がオフライン店舗から生まれるため、店舗をソーシャルメディアでのエンゲージメントを生むランドマークとして設計することが重要だと認識しています。

 店舗での体験はブランドロイヤルティーを高める一方で、ソーシャルメディアでのエンゲージメントはブランド認知度と来店客数を増加させます。オフラインとオンラインのチャネルを組み合わせることによる相乗効果が、ここで鍵となるのです。

 この戦略を実現するため、さまざまな店舗フォーマットを導入しています。これには、没入型でシナリオに基づいたIP(※)コレクションストア「MINISO LAND」や、Z世代をターゲットにした「MINISO FRIENDS」などが含まれます。

※IP:Intellectual Propertyの略。知的財産。

 筆者が訪れたシンガポール最大のショッピングセンター「VivoCity」では、ディズニー映画『リロ&スティッチ』に登場するキャラクター「スティッチ」をテーマにしたMINISOのポップアップストア「Stitch Fluffy Pop-up」が開催されていました。

 映画の公開時期に合わせた展開で、約1カ月限定という短期出店ながら、店舗全体が“フォトスポット”としてデザインされており、SNS映えを狙ったMINISOの戦略が端的に表れていました。


VivoCityのMINISO店舗ではディズニー映画『リロ&スティッチ』の公開に合わせたポップアップストアが開かれていた

 この店舗を見て、1カ月ほどのポップアップショップをディズニーが納得するクオリティーで出店できるMINISOの力に驚きました。店舗をコンテンツ活用する取り組みの最高峰だと思います。映画の公開に合わせることは、ディズニーにとっても宣伝効果が大きく、MINISOにとっては最もSNSで話題になりやすいタイミングということで絶妙なマーケティングです。


MINISOのポップアップストア「Stitch Fluffy Pop-up」

成功の背景にある、ブランドアイデンティティーの大転換

 MINISOの成功の背景には、根本的なブランドアイデンティティーの大転換があります。

 創業当初は日本人デザイナーとの共同設立という位置付けで「日本のデザイナーブランド」を前面に押し出していましたが、2022年8月には「誤ったブランドポジショニング」について公式に謝罪し、自社を「誇り高き中国ブランド」であると宣言しました。

 この転換は、「国籍」というアイデンティティーから、ディズニーやサンリオといった国境を越えて普遍的に理解されるグローバルなポップカルチャーに置き換えるという戦略転換でした。

 2023年に正式発表された「世界をリードするIPデザインリテールグループになる」という新たな目標は、過去の論争を乗り越えて新しいブランド物語を構築することに成功したのです。

「興味主導の消費」という考え方

 MINISOの創業者である葉国富氏は「興味主導の消費」という概念を提唱しており、これが、同社のIP戦略の根幹をなしています。

 未来の消費は単なる機能的ニーズを満たすだけでなく、消費者の感情的ニーズや自己表現欲求を満たすことによって動かされるという考え方です。

 IPは、特にZ世代との「感情的なつながり」を築くための強力な媒体となり、商品を購入する客を、ブランドと関係性を築くユーザーへと転換させることを目指しています。現在、MINISOは、ハリー・ポッターやディズニー、サンリオ、バービー、ポケモンなど、150以上の世界的に著名なIPと提携しています。IP商品の世界売り上げは100億人民元を超え、年間1万点以上の新IP商品が発売されています。

 「興味主導の消費」は「必需品+選択的消費」に分解できます。

 日用必需品と、IPテーマの「非必需品」を同じ買い物かごに入れることで、顧客単価と全体の収益性を向上させる狙いです。低価格の必需品で集客し、店内で感情に訴えかけるIP商品によって高単価商品をアップセルする仕組みです。

 MINISOの2024年度の収益は前年比22.8%増の約170億人民元(約3400億円。1人民元=20円計算)に達し、粗利益率は過去最高の44.9%を記録しました。CFOはこれをIP戦略と海外市場の好業績によるものだと明言しています。

 中国国内市場と海外市場の業績を比較すると、海外が成長の牽引役であることが明らかです。2024年度、中国本土における収益は前年比10.9%増だったのに対し、海外市場の収益は41.9%増でした。2021年から2024年にかけての海外収益の年平均成長率は40%を超えています。

 海外では中国国内よりも平均販売価格が高いため、収益性も高くなっています。この収益性の高い海外市場へのシフトが、グループ全体の利益率を押し上げる主要因です。

 国内需要が縮小し、物価が世界的に見て安くなっている日本の小売業が学ぶべき大きなポイントです。

日本の小売業が学ぶべきこと

 MINISOのIP戦略には、日本の小売業が学ぶべき要素が数多くあります。

 まず、ブランドアイデンティティーの明確化です。

 自社の強みを再定義し、生活者との感情的なつながりを構築できるストーリーを持つことの重要性です。

 次に、商品カテゴリーの戦略的な組み合わせです。

 必需品で集客し、感情訴求商品で収益性を高めるという仕組みは、多くの業態で応用可能です。また、店舗をただの販売場所ではなく、体験と発見の場として設計し、ソーシャルメディアでの拡散も意識した空間づくりも重要な視点です。

 特に注目すべきは、IPとの連携による商品開発です。

 MINISOは単なる「ロゴ貼り付け」にとどまらず、IPの物語性やキャラクターの個性を尊重した見た目が良く、楽しく、実用的な商品を開発しています。日本にも多くの魅力的なIPがありますが、それを日常の雑貨に展開することで「楽しさ」を溶け込ませる可能性はまだまだ開拓の余地があります。

 長期的には、独自IPの開発も重要です。

 MINISOはすでに「PENPEN」や「Dundun Chicken」といったオリジナルIPを育成しており、将来的には100の中国発IPを世界に送り出すことを目指しています。IPの「利用者」からIPの「創造者」への転換を狙っているのでしょう。

 国内市場が縮小しつづける日本の小売業にとって、海外進出は大きな課題です。MINISOのIP戦略は、言語や文化の壁を越えて生活者と感情的なつながりを築く手法として、日本企業にとって大いに参考になると考えます。ローカルな強みを生かしながら、グローバルに通用する感情価値を提供できるかどうかが、今後の成否を分けることになるのです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る