”おトク感”で釣っても差別化にはならない? 会員の満足度を高める有効な方法
ID統合だけでは、売り上げ貢献のような直接的なビジネス効果はそれほど見込めません。かといって売り上げに直結するような事業間送客施策ばかり実施してしまうと、CXを損ない、ユーザーが離脱してしまうかもしれません。
事業横断での顧客ロイヤリティーを高める「会員サービス」の提供が重要です。ID統合を起点としたCXの設計は、図表4‐1のようにレイヤーで捉えて設計していくことをおすすめします。下位が充実するほど上位の自由度が向上していきます。
「会員サービス」のレイヤーでは、自社だからこそ提供できる特別な「何か」を提供します。これにより、顧客との継続的な関係性やおよびレイヤー3での送客の動機を醸成します。
ポイントや限定割引といった”おトク感”に関する施策は多くの企業で提供されており、費用がかかることに加え、これ単体では差別化につながりにくいです。差別化しやすく、かつ費用対効果が高いポイントプログラムの例として「遊休資産を活用した限定購入/オプション付与サービス」が挙げられます。飛行機や鉄道の空席や、ホテルの空室を活用し、会員限定ポイント価格で購入/アップグレードできるようにする、というのはこの代表例です。その他にも、ラウンジなどの限定スペースの提供や、会員限定イベント/コミュニティーへの参加といったサービスもよくみられます。
他にも、限定情報の提供や手続きの簡略化もあります。例えば、とある不動産企業では自分が住んでいる家にまつわる情報(最新の売却査定価格や点検予定情報など)をデジタルアプリ上に集約。アプリ会員限定で家に関する各種手続きをオンラインで行えるようにすることで、顧客が定期的にアプリに訪問するきっかけとするとともに、家のメンテナンスや住み替えなどを考える動機付けを行っています。
「送客施策」のレイヤーでは、ロイヤリティーを高めた顧客に事業横断で購買してもらい、グループ売り上げを上げていきます。単にサービスメニューを並べる(PULL型施策)だけでは事業横断購買にはつながりにくい一方、求められていないサービスの広告を打つ(PUSH型施策)だけでは離脱してしまうため、顧客のニーズを的確に捉えた「パーソナライズ化された提案」を行うことが重要です。
図表4-2のように、各事業の顧客体験プロセスをもとに「ターゲット」「タイミング」の双方から送客機会を検討し、実施施策を検討していくのがおすすめです。
このように、「会員基盤」「会員サービス」「送客施策」の3レイヤーでCXを設計していくことで、ユーザー、事業者双方にとって利益のある「実効性のある」ID統合戦略となっていきます。
まとめ
本稿では、CX向上に不可欠なID統合の重要性と進め方、そしてID統合をビジネス効果につなげていくためのCXの実現方法を解説しました。
IDの統合管理には多くの障壁があり、取り組みの難易度は決して低くありません。しかし、それらを乗り越えて実現された仕組みは、戦略の選択肢を大きく広げる「企業の重要な資産」となります。ぜひ、ID統合を実現し、複数の事業間でシナジーを創出することで、単一の事業だけでは得られなかった顧客体験や新たなビジネス機会の創出へとつなげていきましょう。
丹下雄太(たんげゆうた)
2015年にNRIに入社。専門領域は、デジタルを活用した事業変革・CX変革。
多くの国内大手企業の事業横断CXや既存CX資産の活用、事業間シナジー創出を実現。
新事業の構想や全社CX戦略策定に加え、データ基盤・チャネル・CRM統合などシステム設計にも精通。
戦略立案から構築・導入・定着まで、構想力と技術理解を兼ね備えた実効力に強み。
宮澤夢実(みやざわゆみ)
製造業企業の情報システム部門を経て、2019年に野村総合研究所に入社。
現在は各種プロジェクトの推進・伴走、システムのグランドデザイン、システム化構想・計画などのコンサルティング業務に従事。
専門領域は、顧客ID統合、DX・CX・業務改革、アジャイル開発、PMO。
塚原千紘(つかはらちひろ)
2022年NRIシステムコンサルティング事業本部入社。現在は、不動産・鉄道業界を中心に、システム化構想・システム化計画の策定、デジタルを活用した顧客接点変革の支援に従事。
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