日立社長「真のOne Hitachiで価値創出」 28万人が蓄積した「ノウハウ×AI」融合戦略(1/2 ページ)
「Hitachi Social Innovation Forum 2025 JAPAN, OSAKA」に登壇した日立製作所 社長兼CEOの德永俊昭氏は、社会課題の解決に加え、環境・幸福・経済成長を調和の関係として築いていく「ハーモナイズドソサエティ」の実現を掲げた。同氏の基調講演と日立の戦略から、持続可能な経営モデルの本質と、企業が果たすべき役割を読み解いていく。
世界28万人の社員が積み上げてきた知見とノウハウをAIと融合し、社会課題の解決と持続可能な成長を両立させることで、新たな価値を創出する──。日立製作所は、115年の歴史で培ったドメインナレッジ(特定の分野に関する専門的な知識や情報)を基盤に、IT・OT(物理的なシステムや設備を最適に動かすための制御・運用技術)・プロダクトでデータから価値を創出する「Lumada」(ルマーダ)を進化させ、新たな経営ビジョンを打ち出している。
7月17日、大阪市で開催された「Hitachi Social Innovation Forum 2025 JAPAN, OSAKA」に登壇した日立製作所 代表執行役 執行役社長兼CEOの德永俊昭氏は、社会課題の解決に加え、環境・幸福・経済成長を対立関係ではなく、調和の関係として築いていく「ハーモナイズドソサエティ」の実現を掲げた。「進化したLumada」「真のOne Hitachi」「ソサエティとの協創」という3つのビジョンを示している。
「進化したLumada」では、鉄道のドメインナレッジとAIを掛け合わせ、資産効率を向上させる取り組みを紹介。車両の隅々に設置した振動センサーで線路や橋梁、エネルギー消費量などをリアルタイムに収集・分析するデジタルアセットマネジメントプラットフォーム「HMAX」(エイチマックス)を展開し、鉄道のみならずエネルギーや製造など幅広い産業領域、さらには都市全体へと応用範囲を広げる構想が語られた。
「真のOne Hitachi」では、「日立グループが一つになって新しい価値を生み出す姿」と德永氏が表現するように、グループ全体の総力を結集して社会課題に挑む姿勢を強調。電動モビリティ社会に向け、EVバッテリーの循環モデル構築を、その象徴的な事例とした。
さらに「ソサエティとの協創」では、創業の地・茨城県日立市で展開している「第二の創業」プロジェクトが紹介された。德永氏は「協創の主人公は、企業でも自治体でもなく、社会を形づくる人々」と強調する。人口減少が続く同市では、住民が主体的にアイデアを出し合い、企業や自治体と共にAIやデジタルツイン(現実世界から収集したデータをもとに、その現実世界をコンピュータ上の仮想空間に再現する技術)を活用しながら、2031年・2050年の理想都市を描く取り組みを進めている。
こうしたビジョンの根底には、古代ギリシャの哲学者ピタゴラスが示した「美徳とは調和である」という思想がある。德永氏は、この普遍的な価値観を現代に引き寄せ、日本の「和」を重んじる文化を経営の競争力へ転換することを強調した。分断が深刻化した世界だからこそ、環境・幸福・経済成長を対立ではなく調和させる「ハーモナイズドソサエティ」が必要であり、それこそが日立の戦略全体を貫く軸だという。
德永氏の基調講演と、日立の戦略展開から、環境・幸福・経済成長を調和させる持続可能な経営モデルの本質と、企業が果たすべき役割を読み解いていく。
AIと現場ノウハウを融合 日立の「次世代インフラ戦略」とは?
日立が描くハーモナイズドソサエティ実現の第一の鍵が「進化したLumada」だ。4月に発表した新経営計画「Inspire 2027」で、2016年から展開している「Lumada」をAI技術と融合・進化させ、「Lumada 3.0」として成長の核に据える方針を示した。
「ドメインナレッジとは、現場で蓄積されてきた膨大な暗黙知やデータ、そしてそれらを長年分析してきた日立ならではのノウハウです。そこに生成AIが登場したことによって、より効率的にこれらのドメインナレッジを現場で活用できるようになりました。AIがドメインナレッジを学習し、お客さまの資産効率の向上や運用の高度化に貢献する。それが進化したLumadaです」(德永氏)
この進化を象徴するのが、鉄道車両のメンテナンス分野で活用しているデジタルアセットマネジメントプラットフォーム「HMAX」だ。従来は把握が難しかった課題を、車両の運用制御や利用状況をデジタル化することで可視化し、資産効率の最適化を実現している。
欧州を中心に導入する鉄道事業者が着実に増えているHMAX。日立レール・Executive Director,Vehicles CTOの我妻浩二氏は、「今までは鉄道車両や鉄道のインフラ、信号を見ていたものが、サブステーションやエナジーなども一緒に見られるようになります。駅やエレベーター、エスカレーターにおいてHMAXを横展開していき、最終的にはインフラ、街全体が見られるようになることが次のステップになると思います」と展望を語る。
德永氏は「HMAXは、保守にかかるコストや車両が消費するエネルギーの低減、そして列車遅延の削減など、経済・環境・幸福の全ての価値を提供しています。HMAXにより、業界の壁を超えてドメインナレッジが共有されれば、これまでよりもはるかに早いスピードで、現場が抱える課題への解決策を見つけることができます。さまざまな業界のお客さまとともに歩んできた日立グループだからこそ、新たな価値を提供できるのです」と強調した。
「真のOne Hitachi」が導く 持続可能なエネルギー戦略
「日立は、IT、OT、そしてプロダクトを一社の中に併せ持つという強みを生かし、さまざまな業界でお客さまの課題を解決してきました。十数年にわたる構造改革とその後の成長戦略を経て事業は力強く伸びてきましたが、日立グループが本当の力を発揮するのはこれからです。今まで以上に一つになって新しい価値を生み出していく姿を、私は“真のOne Hitachi”と呼んでいます。お客さまの想像を超える価値を提供し、日立にしか解決できない複雑な課題へのソリューションを提示できると信じています」と德永氏は語る。
その具体例がエネルギー分野だ。2024年は観測史上最も暑い年となり、世界の平均気温は産業革命前と比べて1.6度上昇した。COP(締結国会議)では気候変動対策の一環として、2030年までに蓄電容量を、現在の6倍、1兆5000億ワットへ拡大するという目標が掲げられた。
德永氏は「EVバッテリーを社会全体の蓄電池として活用することで、天候により出力が変動しやすい再生可能エネルギーの利用拡大にもつながります」と説明する。日立はEVバッテリーのライフサイクル、すなわち製造・利用・再利用の全てに取り組み、循環を加速させることで蓄電池の可能性を広げている。
製造段階では、自動製造ラインをスピーディーに設計・構築し、EVメーカーのニーズに対応している。こうして生産されたバッテリーは、カナダでスクールバスに搭載され、 クリーンなエネルギーで子どもたちの通学を支えている。
利用段階では、英国の大手バス事業者First Bus(ファースト・バス)が2035年までに4500台のEV化を目指す中、日立は複数の車両を集合体として統合管理できるデジタルソリューションを提供。全ての車両の充電状況をリアルタイムに可視化し、充電計画の最適化を可能にしている。
さらに利用を終えたバッテリーは、可動式蓄電池「バッテリーキューブ」として再生される。同システムを活用する三菱UFJ銀行 総務部調査役の角谷純平氏は次のように語る。
「当社は2014年5月にカーボンニュートラル宣言を行い、新技術や資源循環スキームを店舗で実証する取り組みを進めています。環境配慮型店舗を実現する上で、日立さまの蓄電池リユース技術を含むトータルサポートに大きく助けられました」
德永氏は「EVバッテリーの循環を加速することは、環境に優しく、利便性が高く、そしてエネルギー効率に優れた移動手段の提供につながります。これはハーモナイズドソサエティの一つの実現例であり、ネットゼロの達成に向けた重要なステップです」と意義を強調した。
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