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日立社長「真のOne Hitachiで価値創出」 28万人が蓄積した「ノウハウ×AI」融合戦略(2/2 ページ)

「Hitachi Social Innovation Forum 2025 JAPAN, OSAKA」に登壇した日立製作所 社長兼CEOの德永俊昭氏は、社会課題の解決に加え、環境・幸福・経済成長を調和の関係として築いていく「ハーモナイズドソサエティ」の実現を掲げた。同氏の基調講演と日立の戦略から、持続可能な経営モデルの本質と、企業が果たすべき役割を読み解いていく。

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創業の地・日立市で進む住民参加型の未来都市づくり

 第三の鍵である「ソサエティとの協創」について、德永氏は「協創の主人公は社会を形作る人々」と強調。「一人一人の住民の声が原動力となり、テクノロジーを使いながら目指すべきソサエティの輪郭が少しずつクリアになっていく」と説明する。

 この取り組みの実証の場が、日立グループ創業の地である茨城県・日立市だ。2023年12月、日立市と日立製作所は「デジタルを活用した次世代未来都市(スマートシティ)計画に向けた包括連携協定」を締結。2024年4月に共創プロジェクトが始動した。

 「日本では、2040年に全人口の約35パーセントが65歳以上になると予測されています。茨城県・日立市も例外ではありません。市の人口は、1983年に20万人になったことをピークとして4万人以上減少。日立市の人口減少は日本の平均よりも早い時期に始まっており、他の地方都市に先んじて多くの課題に直面してきました。そこで日立グループは、住民の皆さんの力とテクノロジーを掛け合わせて持続可能な日立市を実現し、地方創生の成功モデルを探るプロジェクトを始めました」(德永氏)

 このプロジェクトを德永氏は「日立グループ115年にわたる課題解決の集大成、言わば第二の創業と言える挑戦です」と位置づける。プロジェクトの核心は、住民の「こんな街に住みたい」という思いを原動力とした市民参加型のアプローチにある。

 技術面では、デジタルツインの構築が重要な役割を果たす。「インフラやハードは全てデジタル化して蓄積していきたいと考えています。個人のデータ──例えば健康データや移動のデータがうまく集約されて、そのデータによる分析によるメリットが、市民に対して還元されるような仕組みを考えています」(日立製作所・協創プロジェクト推進本部市役所常駐者リーダー 堀川茉祐子氏)

 具体的な成果についても報告した。「サイバー空間を使って、ETCのデータや携帯電話の位置情報をもらって、どのように動いているかを可視化していきます。ここにバスを通したらとか、ここからここに新しいモビリティを通したらどのように流れが変わるかをシミュレーションできるので、次の施策を打つのにとても役立ちます」(日立市・共創プロジェクト推進本部部長 小山修氏)

 德永氏はこの取り組みの意義について「たとえ小さくとも、自ら取り組んだことの結果が目に見える瞬間は、私たちの背中を押し、自分事として未来を考える原動力になります。住民の皆さんとのワークショップやイベントを重ねるうちに、日立市の未来が自分事へと変化していることを実感しています」と語る。


日立市、日立製作所 ニュースリリースより

ピタゴラスが示した2500年越しの経営哲学 トレードオフから調和へ

 ハーモナイズドソサエティという壮大なビジョンの思想的基盤を理解するには、德永氏が全戦略の根幹に据えた哲学に注目する必要がある。2500年前の古代ギリシャの哲学者ピタゴラス──数学の定理で有名なその人物が、実は「調和」についても深く考察していたのだという。

 「『美徳とは調和である』──古代ギリシャにこの言葉を残したのは、この世界のあらゆる現象を数字で説明しようとした数学者・ピタゴラスです。同時に、心と体、感情と理性、個人とコミュニティの間に生まれるハーモニー、すなわち調和について探求した哲学者でもありました。人類は2500年も前から調和を理想の状態と捉え、追い求めてきたのです」(德永氏)

 現代の構造的ジレンマについて、德永氏は「新たなテクノロジーによってビジネスは成長しますが、その裏側で環境への配慮が後回しになっているかもしれません。一方で、環境への配慮によりコストや開発スピードに制約がかかり、ビジネスの成長が鈍化する。そんなジレンマは、至るところで私たちの頭を悩ませています」と表現する。

 この構造的ジレンマは、生成AIの急速な普及で一層顕著になっている。「生成AIは世の中を大きく変えました。市場規模も拡大を続けており、2032年には1兆ドルを超える見通しです。しかし、生成AIの華々しい進化の裏側では、データセンターの増加による環境負荷の増大や倫理問題の顕在化など、課題が山積みです」(德永氏)

 多くの企業が効率性と持続可能性を相反するものとして捉え、板挟みに苦しむ中、日立は根本的に異なるアプローチを選択した。

 「今、日立が目指しているのはハーモナイズドソサエティ、すなわち環境、幸福、経済成長がトレードオフでなく調和する社会です。経済成長を環境や幸福の足かせとせず、地球環境の維持と人々の幸せの追求を通じて企業が成長していくものです。ハーモナイズドソサエティの実現を通じ、環境や幸福という未財務的価値の追求が、企業の成長、すなわち財務的価値につながることを示していく。この世の全てを数字で表現しようとしたピタゴラスと同じような挑戦を続けていきたいと考えています」(德永氏)

 この構想の背景には、深刻化する世界の分断への危機感がある。「世界のあらゆる場所で分断が生じています。一方、日本という国は和を、他者との共感を重視しながら発展してきました。そして、この和は、当社の創業の精神の一つとして受け継いできた大切な価値観でもあります。私は、分断が深刻化している今こそ、こうした日本の強みを生かすチャンスだと考えています」(德永氏)

未来社会の調和に挑む 日立が描くハーモナイズドソサエティ

 日立が描くハーモナイズドソサエティは、単なる経営戦略を超えた社会変革のロードマップだ。世界の現場から得られるノウハウ、国境を越えて展開されるEVバッテリー循環の仕組み、住民参加型の茨城県日立市のスマートシティ実証──これら全てが「調和」という2500年前の哲学のもとに統合される時、新たな産業秩序が生まれる。

 德永氏が示した3つの鍵「進化したLumada」「真のOne Hitachi」「ソサエティとの協創」は、いずれも従来の企業活動の枠を超えた新しいアプローチを示している。これらの取り組みが示すのは、企業が社会の一部として機能し、社会全体の調和を追求する新しい経営の形だ。

 德永氏が引用したピタゴラスの「美徳とは調和である」という2500年前の言葉が、現代のAI時代における企業経営に新たな光を当てている。数学的な論理性と哲学的な調和の追求──この両面を併せ持つアプローチこそが、複雑化する現代社会の課題解決に向けた鍵となるのかもしれない。

 国際情勢の不確実性や社会課題が複雑化する時代にあって、日本企業が示すべき道筋はここにあるのではないだろうか。調和によって解決策を導き出す経営思想こそが、次世代の競争優位を築く基盤となるのだ。

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