顔だけ出して即退社……「出社回帰」のウラで広がる「コーヒーバッジング」の代償とは?:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
米国で最近、「Coffee badging」という働き方が流行っています。出社後、コーヒー1杯で帰ってリモートワークをするというものです。
日本企業を参考にした「集まれるオープンな場所」
米国で働く知人にコーヒーバッジングについて意見を求めたところ、興味深いことを教えてもらいました。いわく「うちの会社のトップは大学をまねてティータイムにしている」と。
欧米の大学には、ティータイムやコーヒーブレークの時に、学生や教授たちが集まれるオープンな場所が設けられていて、くつろいだ雰囲気でディスカッションする習慣があります。
ティーを飲むために集まってきた人たちが、世間話をするだけでなく、ざっくばらんにアイデアを出し合うなど、研究に関する「会話」をする。そこには上下関係もありません。専門外だろうとなんだろうと、お互いが「同じ大学の仲間」として敬意を払い、“知の遊び”を楽しみます。専門外の「鳥の目」により、専門家が見過ごしていた大切なものに気付いたり、見たものの解釈が変わったりすれば、新たな創造につながります。これがティータイムです。
さらに、ティータイムで交わされる「会話」は組織のソーシャル・キャピタルを豊かにします。ソーシャル・キャピタルとは、分かりやすく言い換えると、大学や企業に内在する“目に見えない力”のこと。それは、人々の積極的なつながりによって構成され、自分の目的の達成を気に掛ける個人の集団ではなく、団結して戦う“協力グループ”を実現させます。
件の知人の会社でも原則全員出社にしたところ、コーヒーバッジングする社員が徐々に増えてきたので、会社が飲み物を提供する時間を午前・午後の2回つくり、くつろげる空間をオフィスのセンターに設置。コーヒーバッジングを容認する代わりに、飲み物を飲みながら、同じテーブルの人と会話をすることだけを義務付けました。すると「あいさつだけして帰るより面白い」と好評で、予定より長居をしたり、帰宅するのをやめたりする社員が出てきたそうです。
実はこの「集まれるオープンな場所」を大学や社内に作る発想は、日本の会社を参考にしたといわれています。高度経済成長期における会社の「大部屋」です。かつて日本の多くの企業にあった、「午後3時のおやつの時間」もヒントになったとする研究者もいます。
残念ながら日本企業は次々と「つながる場や機会」を排除してきましたが、「個」の力が重視される今だからこそ、つながりへの投資が不可欠です。
「私」たちは、信頼できる同僚は仕事の成果を上げるうえで、とても大きな助けになっていると経験的に知っています。一人きりで働く経験が、楽ではあるけど、いかに孤独かを知っている。誰かの役に立つこと、誰かに頼りにされることが、自分のやりがいにつながることも知っている。単に給料をもらうために働くより、いい仕事がしたい、自分の能力も最大限に引き出したいと考えているのではないでしょうか。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)、『働かないニッポン』 (日経プレミアシリーズ) など。
新刊『伝えてスッキリ! 魔法の言葉』(きずな出版)発売中。
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