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福岡の老舗サウナが提唱 利用者を倍増させた「サウナ3.0」とは?

サウナブームが再燃し、若者の利用者も増える中、福岡県のグリーンランドグループではどのように店舗を刷新していったのか。サウナビジネスの最前線を、グリーンランドグループを経営する日創の安東伸章社長と、今泉幸一総支配人に聞いた。

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 福岡県内で2店舗のサウナ&宿泊施設を展開するグリーンランドグループ。この施設が店舗リニューアルを機に、館内回遊を重視した新たなサウナの体験価値を提供している。同店が「サウナ3.0」と提唱しているもので、利用者にサウナからマッサージ、飲食からイベントへと、サウナに限らず施設を総合的に楽しんでもらう仕組みだ。


福岡県内で2店舗のサウナ&宿泊施設を展開するグリーンランドグループ

 サウナ3.0は、2024年7月に実施した福岡市のグリーンランド中洲店のリニューアルを機に提供を開始した。リニューアルとは、施設の改装に限らず、価格設定やポイント制度の見直しまで多岐にわたる。同店では宿泊とマッサージをセットで販売していて、マッサージを追加すると宿泊料一般価格4800円、会員価格4200円を最大1800円割引するなどユニークな価格設定をしているのだ。何を隠そう、筆者がこの料金で良く泊まっている。

 サウナブームが再燃し、若者の利用者も増える中、グリーンランドグループではどのように店舗やシステムを刷新していったのか。【九電技術者が老舗サウナ経営者へ転身 元愛好家が実現した「回遊型の顧客体験」とは?】に続き、サウナビジネスの最前線を、グリーンランドグループを経営する日創(福岡市)の安東伸章社長と、今泉幸一総支配人に聞いた。


安東伸章(あんどう・のぶあき)1995年に九州電力に入社。2000年から玄海原子力発電所の建物の保全、設計及び工事管理を担当する。以降川内原子力発電所及び日本原燃の再処理工場で経験を重ねる。2014年からは本店にて東日本大震災の影響で停止していた、原子力発電所の再稼働という、全電力の中でトップランナーとして九州電力が取り組んだプロジェクトの一員として業務に携った。2017年から集大成として玄海原子力発電所の勤務を希望し、特定重大事故等対処施設の現場を担当。2年後の2019年3月に九州電力を退社し、同年4月に日創に入社。その後コロナ禍の2020年9月に代表取締役に就任した。北九州市出身

今泉幸一(いまいずみ・こういち)1999年大学卒業後、日創の前身の会社に新卒採用で入社。1年目は天神店で研修、2000年4月に博多駅前エスパ店に異動し、2001年にフロントチーフ、2005年にはマネージャーに昇格。2009年には体育学部卒ということもあり、スポーツクラブINPEXに異動。主に企画や入会の営業、会費管理を担当。2015年に現在の中洲店に異動し、副支配人として勤務。2019年に同店支配人、2022年に総支配人となり現在に至る(天神店は2007年、エスパ店は2011年、INPEXは2015年に閉店)

利用者視点で決めた空間再編 リクライニングルーム廃止とカプセルの再活用

――安東社長は23年間、九州電力で建築技術者として働き、叔父が経営するグリーンランドグループを継承する形で2019年4月に入社しました。実際に経営に携わってみて、九電のような大企業と、日創のような事業規模の会社とでは、違いを感じますか。

安東: 正直に言えば、最初はかなり戸惑いました。大企業では当たり前にできることでも、中小規模の組織ではできないことも多いのです。その違いに気付くまで、少し時間がかかりました。大企業の感覚をそのまま持ち込んで「当たり前だろう」と言っても、現場とは噛み合いません。就任当初は周囲から「変わった人が来たな」と見られたと思います。

 ただ、私は昔からこの施設を客として愛用していた経験がありました。だからこそ、利用者の視点を忘れずに考えられたのだと思います。例えばリニューアルの際に実施したリクライニングルームの廃止については、内部でも「大丈夫か」という声がありました。長年の常連客の中には反発もあったでしょう。

 しかし、リクライニングルームは暗く閉鎖的で、新しい利用者にとって入りづらい雰囲気を生んでいたと私は利用者として感じていました。リニューアルによって、それをなくした結果、宿泊施設として提供しているカプセルルームに利用が移り、客層にも変化が生まれました。常連客の一部は離れた一方、それ以上に新しい利用者が増えたと考えています。

 変革には必ずハレーションを伴います。決して簡単ではありません。ですが長期的に見れば、顧客と施設双方にとってプラスになるものだと信じています。

――今泉総支配人は、当時の店舗運営や、安東社長が就任してからの変化をどう見ていますか。

今泉: 安東社長には、利用客の頃から施設に対する課題意識がありました。就任後に安東社長が「リクライニングルームをなくす」という決断をした時、私も正直「大丈夫か」と思いました。私も社長と同様の課題を感じてはいたのですが、捨て切るまでの勇気はありませんでした。

有料休憩室への移行で客単価向上

――当時のリクライニングルームには、どんな課題があったのですか。

今泉: 見渡しが利かない環境や、雰囲気に課題がありました。半ば住むように長時間滞在する方もいて、新しい利用者にとって入りづらい空気がありました。リニューアルによってリクライニングルームをなくし、イベントも開催できるオープンなタイプの休憩室に見直した結果、長年の常連顧客の中には残念がる方もいらっしゃいました。しかしそれ以上に、新しい利用者が来るようになりました。この判断を、社長の決断でスパッと切り替えられたのは大きかったです。

――リクライニングルームを廃止した結果、どのような影響が出ていますか。

今泉: 利用率が高くなかったカプセル(有料休憩室)に移行する利用者が増え、客単価も約1割上がりました。長時間利用する良い顧客は残りつつ、新規の利用者も訪れやすい環境になった実感があります。

――価格はどのように見直したのでしょうか。

安東: 実はリニューアルによって「値上げした」と思われることもあるのですが、基本的にはそうではありません。例えば以前は60分900円のコースしかなく、サウナを楽しむには時間が短いという声が多かったのです。そこで60分を廃止し、当初90分1000円(現在は1200円)に切り替えました。30分延びたのに、わずか100円の増額ですから、実質的には値下げに近い設計でした。利用者にも好評で、90分の方が、満足度の高い反応が得られました。

 さらに、従来あった2時間1400円のコースは廃止し、代わりに3時間コースを設定しました。当初は1600円、現在は燃料費などの高騰を受けて2024年12月から会員1900円(会員料金)にしています。入館者数はこの改定後に倍増し、この価格戦略は間違っていなかったと考えています。

利用度の低かったカプセルルームを有効活用

――この価格改定において、何を一番大切にしましたか。

安東: まずは「利用してもらうこと」です。最初に入りやすい価格を設定し、レストランや漫画コーナー、マッサージなどを回遊してもらう。「ここなら一日楽しめる」と利用者に感じてもらえれば、90分から3時間、そしてフリータイムへと自然にステップアップしていく。そうした長期の利用設計を意識しました。

今泉: 時間の制約がないフリー料金は現在2300円(会員料金)で、休憩室の利用を追加するとプラス500円になります。以前は途中外出不可でしたが、休憩室利用者は再入館可能にしました。これにより「一度出てまた戻りたい」ニーズに応え、付加価値を提供できたと考えています。

安東: 無料の休憩室では場所取りのトラブルが起きやすかったのですが、有料休憩室に移行し、室数のみの販売にすることで、「ここは自分の場所」という安心感が生まれました。結果として、以前は活用度が低かったカプセルルームの価値を引き上げ、満足度向上にもつながっています。単なる値上げではなく、体験やサービスの付加価値を同時に設計することで納得感を高め、それが経営上の成果にも結び付いたとみています。

温かみの意匠で滞在時間を伸ばす

――その考え方がリニューアルにも生きていますね。売り上げ面はいかがでしたか。

安東: コロナ後、入館者数は一時かなり落ち込みました。2023年5月に感染症法上の位置付けが5類になった段階でも、戻りはせいぜい7割程度でした。そこで、このままではいけないと考え、本格的にリニューアルの準備を進めました。2024年6月のリニューアルは、その流れの一環だったわけです。

 建築設計は、設計事業などを手掛け、リニューアルチームを組み上げている際にご縁があった方にお願いしました。国内外で表彰経験のある建築士で、スクラップ・アンド・ビルドではなく「リノベーションで再生させる」スタンスを大切にしている方でした。私の趣味や感覚をヒアリングしていただき、当初から「近代的すぎず、ぬくもりを残す空間」を目指すことになりました。結果として、照明やデザインに温かみを出しつつ、居心地の良さや滞在性を高められたと思います。

 建築士、事業主である私、プランナーでクリエイティブディレクターの増田ダイスケさんと、チーム全体で過ごしやすさを考慮した施設デザインを何度もディスカッションし、検討しました。

――実際に訪れても、ペンダントライトの温かみが印象的でした。落ち着きがあって、今のトレンドともうまく合っていると感じます。

安東: リニューアルでスナックエリアも新設しましたが、ここを「サウナ3.0」の体験を象徴するような基地にしたかったのです。週末にはレコードを体験できるイベントなども実施しており、追加料金不要で提供しています。真空管アンプの設置など、音響設備にもこだわっていますので、滞在そのものを楽しんでもらえる空間になっていると思います。


週末にはレコードを体験できるイベントを実施。追加料金不要で提供している。真空管アンプの設置など、音響設備にもこだわっている

守るべき体験価値を磨き顧客に訴求する

――グリーンランドでは、利用者のサウナ利用後にマッサージに移行し、その後にビールなどアルコールを提供する動線にしています。これはリニューアル前から提供していた回遊策なのですか。

安東: そうですね。そこはグリーンランドグループの伝統として、「変えてはいけない部分」として残しています。リニューアルで全てを新しくするのではなく、いいものはきちんと残し、変えるべきところだけを改める。その見極めは、かなり意識しました。

 ただ、マッサージに関しては全体的に利用客が減少しました。街中に安価なマッサージ店が増えたことや、コロナ禍後の行動変容も影響していると思います。しかし、グリーンランドでマッサージを受ける利用者は食事やお酒も楽しむ人が多いので、一人当たりの消費額が大きいのが特徴です。

 われわれもこうした顧客を大事にしたいと考え、リニューアルを機にサービス内容を再設計し、サウナとマッサージを組み合わせたプランを分かりやすく打ち出すようにしました。

今泉: マッサージを終えたら利用者をそのままレストランに案内し、ドリンクを一杯、無料で提供します。施術後にスタッフが3階のレストランまで同行する動線にしており、心地よい疲れのまますぐ飲め、着替えや移動なしで流れるように楽しめる体験になります。これは外のマッサージ店ではできません。

安東: つまり、単なるマッサージではなく「サウナ→マッサージ→一杯のビール→そのまま休める」一連の流れを提供しているわけです。安心感と快適さをセットで提供できる当館にしかない価値だと考えています。この流れがあるからこそ「今日はグリーンランドに行こう」と利用者の体験価値を高められているのだと思います。


「サウナ→マッサージ→一杯のビール→そのまま休める」一連の流れを提供

利用者減でもサービス券導入で価値を届ける

――やはり顧客接点を意識しているのがよく分かります。普通のホテルだと接点はフロントくらいで、触れ合いが多くないです。グリーンランドではマッサージ後にドリンクが出てきたり、スタッフの方がレストランに案内してくれたりと、自然に気分を高める仕掛けがあります。これは大きな強みですね。

安東: ありがとうございます。そこは私も意識して残した部分です。マッサージ利用が減少傾向の中でも、サービス券を導入して利用者にしっかり還元する形に見直しました。価格改定時もマッサージ券の割引は維持しましたから、利用者にとってのメリットが明確なんです。マッサージ利用者はレストランでも飲食するので、結果的に館内での体験が一連の流れとしてつながっていきます。

――今後の展望をどう考えていますか。

安東: 今後の具体的な構想としては、まず中洲店の屋上活用があります。ここは昔、露天風呂があった場所なのですが、現在は閉鎖しています。露天風呂を復活させるのは設備的に難しいのですが、外気浴スペースとして再生できるのではないかと考えています。例えば週末限定でテントサウナを設置し、屋上で外気浴と水風呂を楽しめる「特別体験」を提供します。福岡のど真ん中でテントサウナができる場所というのは非常にユニークですし、SNSでも大きな発信力になるはずです。

 さらに、既に定期開催しているレコードを体験できるイベントをより拡大したいと思っています。スタッフ不足もあって現在は週末中心ですが、本当は毎日でもやりたいくらいです。音楽を聴きながら気軽に飲める空間を24時間提供できれば、来館のきっかけも広がります。同じ音楽や趣味を通じて隣り合った人と自然に会話が生まれるような、そういう横のつながりを作れる場を目指しています。

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