DXを「やらされ仕事」にしない ダイドー流「自走する組織」の作り方:【中編】徹底リサーチ! ダイドーグループHDの人的資本経営
現場が自ら、変化に向かって挑戦を起こしていく──そんな組織の姿を目指し、変革を進めてきた企業がある。ダイドーグループホールディングスだ。変革を現場主導で動かす文化を、どのように定着させたのか?
新連載:徹底リサーチ! あの会社の人的資本経営
近年、注目される機会が増えた「人的資本経営」というキーワード。しかし、まだまだ実践フェーズに到達している企業は多くない。そんな中、先進的な取り組みを実施している企業へのインタビューを通して、人的資本経営の本質に迫る。インタビュアーは人事業務や法制度改正を研究するWorks Human Intelligence総研リサーチの奈良和正氏。
DXの推進は多くの企業に共通するテーマだが、現場の「抵抗勢力」がその妨げになるケースは少なくない。「どうか、変化をすんなり受け入れてほしい……」。それが、推進側のホンネであるはずだ。
それどころか、現場が自ら、変化に向かって挑戦を起こしていく──そんな組織の姿を目指し、変革を進めてきた企業がある。ダイドーグループホールディングスだ。
変革を現場主導で動かす文化を、どのように定着させたのか? 自走する組織をどのように作り、またその文化によってどのような好影響をもたらしてきたのかをテーマに、代表取締役社長の高松富也氏(※「高」は「はしごだか」)に、人事業務や法制度改正を研究するWorks Human Intelligence総研リサーチの奈良和正氏がインタビューする。
DX定着のカギは「自走する組織」
奈良: 今後の重要な経営課題として「DX推進とIT基盤の構築」を掲げていらっしゃいますよね。
これまで「チャレンジする文化」を育んでこられ、その文化が根付いていることが、デジタル変革の推進にも大きく影響しているのではないでしょうか。
高松: まさにその通りです。当社グループは2019年に、グループの目指す姿を示す「グループミッション2030」とともに中期経営計画をスタートさせました。その中で、「DX推進とIT基盤の構築」を今後の重要な経営課題の一つとして掲げています。
私たちを取り巻く社会は日々目まぐるしく変化しており、そのスピードに柔軟に適応しながら、デジタル技術を活用してビジネスモデルを進化させていくことが不可欠です。そうした変化に取り組むための土台として、社内にチャレンジ精神が浸透していることは非常に大きな強みになっていると感じています。新しい技術や仕組みに対しても前向きに取り組む文化が根付いているからこそ、DXも着実に進められていると考えています。
奈良: DXに関する具体的なお取り組みもお伺いできますか。
高松: 当社ではいわゆるDXを、以前から意識的に進めてきました。今は時代の流れとも重なり、さまざまな取り組みが動き出しています。
その中でも、最も象徴的なのが「スマートオペレーション」と呼んでいる、自動販売機のオペレーションにおけるDXの取り組みです。
これまで、自販機の運用は、当社では「ルートマン」と呼んでいる担当者の経験や勘に大きく依存していました。各ルートマンは、自身が担当する自販機の売り上げや補充タイミングを頭の中で把握し、最適な訪問頻度や商品数を考えながら運用していたのです。当然、属人的なノウハウに頼る部分が多く、ルートマンのスキル差も大きな課題でした。
そこで、そうした運用を標準化し、誰が担当しても高い生産性を維持できる仕組みをつくろうと考えました。自販機からリアルタイムで販売データを取得し、天候やイベント情報などの外部データと組み合わせて需要予測を行い、補充のタイミングや内容を最適化しています。さらに、AIを活用して、売れ筋やトレンドに応じて商品のラインアップも自動で見直し、効率的なオペレーションが可能になりました。
もちろん、これで完成ということはありません。日々試行錯誤を重ねながら、さらに精度を高めているところです。
奈良: 自販機オペレーションにおけるDXは非常に象徴的な取り組みですね。
高松: はい、そして、このような取り組みは自動販売機にとどまらず、他の各部門においてもまず業務改善を目的としてデジタル導入を進めています。その一環として、ホールディングス内に「ビジネスイノベーショングループ」を新設し、数人を抜てきして横断的な推進体制を整えました。さらに各部門からは1〜2人ずつDXエバンジェリストを任命し、月に一度の定例会議で情報交換や成功事例の共有、最新技術の研修を行っています。
これらの取り組みを始めてから2〜3年が経過し、すでに各部門で「月に数百時間の業務時間削減」といった成果も見え始めています。
最初のステップとしては、ITの専門知識がなくても業務アプリを構築できるノーコードツールを導入しました。現場が自ら業務を改善できる環境づくりを目指しており、従来、紙や表計算ソフトで処理していた業務がこのツールに置き換わり、大幅な工数削減につながったとの声も多く寄せられています。
その後も現場からの疑問や課題に応じて、新たなツールや仕組みに積極的にチャレンジしており、現場が自発的に改善を進める「自走する組織」へと成長しつつあります。
ただ現時点ではまだ「業務改善」の域を出ていない部分もあると認識しています。最終的には、社内だけでなくお客さまに提供する価値そのものを変革し、イノベーションにつながる変化を目指しています。
社内の基盤整備は順調に進んでおり、近い将来には次のステップに進める手応えを感じていますね。
社員の声から動き出す ダイバーシティー推進の実像
奈良: ここまでのお話で、やはり印象的なのは、こうした具体的な事例が社内で共有され、次のアクションへとつながっていく循環ができている点です。チャレンジが当たり前になりつつある貴社だからこそ、この連鎖が生まれるのだと実感しました。ただ、連鎖を生み出す最初の“きっかけ”も重要だと感じています。実はこの「最初の事例」をつくることも多くの企業で苦戦されているイメージなのですが、貴社ではその点、いかがでしたか?
高松: 意外と早く成果が出た印象です。というのも、ビジネスイノベーショングループの立ち上げに当たって、社内でも特に優秀な2人を抜てきしたんですね。一人はデータサイエンス領域のスペシャリスト、もう一人はデジタルにも強いですが、もともとは広告や宣伝、社内外のコミュニケーションに長けた人材でした。
この2人が技術と伝達の両面から推進力を発揮してくれて、社内への浸透も非常にスムーズに進んだと思います。結果的に、それが良いきっかけになりました。
奈良: まさに“配置の妙”ですね。最初の仕掛けが絶妙だったからこそ、早い段階での成果につながったんですね。
高松: そう思います。それに加えて、DXエバンジェリストとして参加してくれた人たちも、もともとデジタルへの関心が高い方々が自発的に手を挙げてくれたんです。やはり当社には“チャレンジする文化”が根付いているので、新しいことにも前向きに取り組もうという空気があったのは大きかったと思います。
奈良: エバンジェリストの方々は公募や立候補だったんですか?
高松: 基本的には手挙げ方式です。
奈良: それも貴社らしいですね。チャレンジが“許容されている”というより、すでに「楽しむもの」として捉えられている土壌があって、そこに適材適所の人材配置が重なり、結果として大きな成果につながっているように感じました。
高松: そうですね。さらに、従来の業務とは異なる領域で成果を出した人にも、社内アワードなどでしっかりと評価する仕組みを設けているので、それがまた良い循環につながっていると思います。
奈良: 素晴らしいサイクルですね。まさに“掛け算”だなと。チャレンジする文化をベースに、今はDXというテーマで取り組まれていますが、将来的に注力するテーマが変わっても、その文化に新しい要素を掛け合わせることで、また新たな価値を生み出していけそうですね。
奈良: DXの推進と並行して、貴社ではダイバーシティーにも力を入れておられます。特に最近では、女性営業職の活躍に関する取り組みが始まっているとお聞きしました。
高松: はい。今まさに同じようなアプローチで進めているのが、ダイバーシティーの中でも特に女性活躍に関する取り組みです。営業職はこれまで男性中心でしたが、昨年、女性の中途採用を積極的に進めたことが大きな転機となりました。
その動きをきっかけに、女性営業社員による自発的な取り組みがスタートしました。全国の女性営業社員が集まり、ネットワーク構築やスキルアップを目的とした女性営業社員向けの交流会(BLOOM)を開催しています。先輩社員の経験談を共有したり、研修制度を通じてキャリアを生かす工夫をしたりと、自分たちで活動の幅を広げてくれているんです。
奈良: そうした取り組みが社員主体で進んでいるというのは素晴らしいですね。まさにダイバーシティーが“自走”している印象です。
高松: まさにその通りで、私が「やってください」と言ったわけではなく、自分たちから「こういう取り組みをやりたい」と声を上げてくれました。さらに、挙手制によるダイバーシティー推進委員会も立ち上がっており、男性社員も含めたメンバーが「制度設計」「業務改善」「啓発活動」などをテーマに、ボトムアップで改革を進めようと動いています。
ダイドーグループ全体としても、ホールディングス側の人事総務部と、ダイドードリンコの自販機営業企画部にそれぞれダイバーシティー推進グループを設置しています。会社としても重要なテーマとして位置付け、組織的な支援体制も整えてきました。
奈良: 少し話が脇道にそれるかもしれませんが、DXやチャレンジ制度とは違い、ダイバーシティーにはまた別の「色合い」があるようにも思います。取り組みを進める上で、貴社が目指すゴールや意義とはどういったものでしょうか?
高松: とても大切な視点ですね。もちろん、まず人権という観点での取り組みは大前提にあります。その上でわれわれがダイバーシティーを推進する最大の目的はイノベーションの創出です。
さまざまな価値観や背景を持つ人が交わることで、新たな発想が生まれます。それが、これまでになかった価値やサービスにつながっていく。まさにそこに、ダイバーシティの本質があると考えています。
奈良: なるほど、ダイバーシティを“目的”ではなく“手段”として捉えておられるんですね。
高松: はい。例えば、女性営業社員からの提案で「ヘルスケア応援自販機」という新しい商品展開が生まれました。これは、生理用品などを飲料自販機の空きスペースに配置し、大学や地下鉄、商業施設の授乳室近くなどに設置を広げていくというものです。
男性ばかりの営業チームでは、なかなか出てこなかった発想だと思います。まさに、これがダイバーシティーの成果の一つであり、こうした価値をもっと生み出していける組織にしていきたいと考えています。
次回記事「社員に『何者になりたいか』問い続ける──自律型人材を育てるためダイドーが重視する『5つの資質』」では、DyDoグループの人的資本経営の取り組みと未来ビジョンを紹介します。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
「石橋を叩いて渡らない」会社は、いかにして「失敗を恐れない組織」になったのか【動画】
「石橋を叩いて渡らない」と言われるほど、慎重な社風だったという中外製薬。DXと並行して「失敗を恐れない風土」作りに注力してきました。「失敗しない」ことを重視する真面目な組織を、いかにして挑戦に前向きな社風へと変化させてきたのでしょうか?
人的資本経営で「やりがちだが、無意味な取り組み」とは 伊藤レポート検討委メンバーが語る
有価証券報告書での開示義務化に伴い、注目度が高まる人的資本開示。多くの企業が「どうしたら、他社に見劣りしない開示ができるのか」と悩み、試行錯誤しているようだ。しかし、アステラス製薬の杉田勝好氏は、他社との比較を「意味がない」と断じる。
人的資本開示の「ポエム化」は危険 投資家に本当に“響く”情報とは
日本企業が発するメッセージは、しばしば情理的な側面に寄る傾向がある。「歴史と技術を大切に」「お客さまとの出会いに恵まれ」「数多くの困難を乗り越え」とウェットで、どこかポエミーなものが多い。ただ、それだけでは投資家の心には響かない。
人的資本は状況が悪くても“あえて開示”すべき理由 「投資家の低評価」を恐れる企業の盲点
人的資本開示をするにあたって、現状を開示しても投資家にマイナス評価を付けられてしまうのではないか──。そんな不安を抱く担当者が多いようだ。できるだけ公開せずに他社の様子見に入るケースも少なくないが、投資家含む各ステークホルダーからの心証を悪化させかねない。どう対応すべきなのか。
人的資本を「義務だから開示」した企業に欠けている視点──5年後には“大きな差”に
有価証券報告書でも開示が義務化され、ますます注目が集まる人的資本経営。しかし、目先の開示情報をそろえることに気を取られ、最も重要な人的資本向上のための対応が遅れている企業も目立つ。形式的な開示にとどまらず、人的資本経営で本質的に大事なこととは何か。
成長企業は知っている、人的資本経営で「外部アピールよりも重要なこと」とは?
人的資本開示とやらに取り組まなければ、投資家からの評価を得られなくなるらしい──。そんな危機感を原動力に、多くの企業の経営層や人事職が今、「人的資本経営」の取り組みに向けて情報収集している。


