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“指をかざすだけ”の生体認証システム 日立と東武鉄道がタッグを組んだワケ

日立製作所と東武鉄道が共同開発したのが生体認証サービス「SAKULaLa」(サクララ)だ。誕生の舞台裏を、日立製作所デジタルアイデンティティ本部の石川学主任技師と、東武鉄道経営企画本部の金子悟課長に聞いた。

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 パスワードや鍵、そして決済の代替となりつつある生体認証技術。スマートフォンの顔認証をはじめ、既に多くの場面で広まっている。例えばNECは自社技術を用いて、オフィスの入退館管理や社内での決済に顔認証技術を活用している。B2Cにおいても、大阪・関西万博でNECの顔認証技術を提供しており、通期パス保持者などに向けた顔認証入場や、事前登録者に向けた会場内の顔認証決済を提供した。世界的には、Apple PayやGoogle Payなど、顔認証による決済システムが普及している。

 こうした中、日立製作所と東武鉄道が共同開発したのが生体認証サービス「SAKULaLa」(サクララ)だ。SAKULaLaは、利用者の指静脈や顔といった生体情報をユーザーの個人情報とひもづける仕組みだ。一度登録すれば、指をかざすだけでクレジットカード決済やポイント加算、さらには年齢確認まで完了できる。

 日立と東武はSAKULaLaを、Joshin(ジョーシン)やファミリーマートなど社外にも展開し、このシステムを社会インフラにすることを目指す。【財布もスマホも不要、「指先で決済」 日立×東武が描く“ポスト・キャッシュレス”社会とは?】に引き続き、SAKULaLa誕生の舞台裏を、日立製作所デジタルアイデンティティ本部の石川学主任技師と、東武鉄道経営企画本部の金子悟課長に聞いた。


金子悟(かねこ・さとる)2002年に東武鉄道に入社。鉄道部門、人事部門を経て、2018年4月より経営企画本部に所属し、経営計画、DX推進、新規事業などの業務を担当している。DXの業務では、グループポイント再構築やMaaSなどに携わり、グループ内の顧客データのID統合を進めている。2022年より、日立製作所とともにSAKULaLaプロジェクトを推進中

石川学(いしかわ・まなぶ)1996年に日立製作所入社。2002年より、セキュリティ関連システムのSEとして、ICカード(社員証、学生証)、PCログイン、入退管理など認証に関わるシステムを担当する。その後、2011年より認証技術の延長で生体認証の領域に進み、2022年からSAKULaLaプロジェクト参画し現在に至る。SAKULaLaでは、生体認証を入口として厳格な個人認証後に、利用者のアイデンティティ情報を活用したビジネスを検討するとともに、その各種情報をセキュアに利用・管理するシステムの開発に従事

開発は日立 UX設計と実装要件を東武が主導

――「SAKULaLa」の開発は基本的には日立が担当しています。東武鉄道はどのような役割を担っているのでしょうか。

金子: 実際に手を動かして開発したのは日立さんです。一方で、われわれはコンシューマー向けサービスの知見から「ユーザー視点でどうあるべきか」という点を提案しています。例えばホテルのチェックインでも、何度も指をかざすのはユーザーにとって煩わしいですよね。そうしたときに「ここで1回だけ指をかざす方がスムーズではないか」といった具体的な意見を出し、それを日立さんが反映した形です。

――そうすると石川さんと金子さんでかなり意見交換したのですね。

金子: はい。導入当初は週に3回ほど打ち合わせをしていました。今でも週に最低2回は定期的に意見交換をしています。

石川: そうですね。私どもは普段、直接利用する生活者との接点が多くないため、金子さんから生活者視点の意見をいただけたのは非常に貴重でした。例えば画面表示の仕組み一つとっても「こうした方が、利用者が迷わない」「こうした方が快適に感じられる」というアイデアを多くいただきまして、気付かなかったポイントを改善できました。

――石川さんが所属しているデジタルアイデンティティ本部について教えてください。

石川: 当本部はもともとセキュリティ分野を扱っていた組織で、生体認証技術もその流れで扱っていました。その後、「認証した後のID情報をどう管理するか」が重要になり、デジタルアイデンティティに領域を広げ、今の本部として独立した形です。まさに現在はSAKULaLaを中心に事業を推進しています。

 私たちの本部以外にグループ全体で生体認証基盤や決済分野を担当するチームがありますので、それぞれと連携しながらサービスを提供しています。

――技術的な完成度は、もう確立しているものと考えてよいのでしょうか。

石川: コア技術である生体認証や、ID管理の仕組みについてはすでに確立しています。ただし利用局面はさまざまですので、そのシーンごとに最適化する開発はまだ続いています。

生体情報の再登録不要 場所横断の一元利用が強み

――これだけの基盤があれば、将来的に世界展開も可能なのではないですか。

石川: 可能性はあります。ただし個人情報を扱うサービスなので、特に欧州ではGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)など規制が厳しく、データの持ち方を考える必要がありますが、今後に向けて検討を進めているところです。

――米国はどうでしょうか。

金子: 一部、静脈認証で買い物をできる店舗はあるそうですが、まだ散発的です。日本でも同じですが、やはり利用できる場所が増えないとサービスは普及しませんし、利用者の認知を高めていかないと定着は難しい。ですから、まずは国内の利用シーンをしっかり広げていくことが重要だと考えています。

――SAKULaLaの技術で、例えばドアの解錠にも使用する応用も可能になるのでしょうか。

石川: はい。現在は会社の入退館や入室にはカードをかざすのが一般的ですが、それを生体認証に置き換える計画があります。日立でも、これまではサーバルームなど特定の場所に入るために、その場で都度、本人登録が必要でした。しかしSAKULaLaの場合は、一度登録した情報をIDとして持っていますので、そのIDを入退室管理システムとひもづければ、登録のし直しをせずにスムーズに入退室できるようになるのです。つまり、認証とIDがひもづいている以上、本人が特定できればどんな場面でも利用できる点が強みです。

金子: ユーザーの立場からすると、生体情報を場所ごとに登録させられるのは非常に煩雑だと思うんです。「この施設に入るために顔登録」「この会社のために指登録」では面倒ですよね。SAKULaLa会員であれば、一度の登録で済みます。その情報を必要なサービスと連携するだけで、あらためて登録しなくても使えるようになる。これは大きな利点だと思います。

競合多数でも狙いは「汎用インフラ」 グループ内に閉じない戦略

――SAKULaLaを最初に提案したのはどちらだったのでしょうか。

金子: 最初のきっかけは3年ほど前、日立さんから東武グループに「実証実験を一緒にやりませんか」と声をかけていただいたことです。一般的に実証実験は一時的な取り組みですが、われわれは「これは恒常的なサービスにすべきだ」と判断しました。そこで「一緒に長期的なサービスとして展開していきましょう」とお願いし、共に取り組み始めたのです。

――国内企業だと、顔認証ではNECも競合として名前が出ます。関係性についてはどう捉えていますか。

石川: 私たちはあくまでインフラとして幅広く展開するスタンスです。特定企業やグループに閉じるのではなく、普遍的に多くの場所で使える「一つのフォーマット」として広げていこうと考えており、その点で他社が提供している生体認証技術とも、必要に応じて連携していく形を目指しています。

――SAKULaLaの取り組みはJAISA(日本自動認識システム協会)が主催する「第27回 自動認識システム大賞」の優秀賞受賞にもつながりました。その評価の理由についてどのような点があるとお考えですか。

金子: 一つは、実証の枠にとどまらず、本格的にサービスを社会に提供しているという点だと思います。そしてもう一つは「社会インフラ化」を掲げている点です。われわれ東武鉄道は鉄道という社会インフラを持ち、スカイツリーは電波塔としてのインフラを担っています。次の時代はデジタルが社会の基盤となるでしょう。そのデジタル社会のインフラを自ら構築して普及させていく意思がある、という考え方が評価されたのではないかと考えています。

従業員認証や社内アクセスでの活用余地

――今後のSAKULaLaのユースケースとして、どのような広がりが考えられるでしょうか。

金子: 無限の可能性があると思っています。われわれ自身が思い付かないような領域でも活用が期待できます。例えばJoshinさんが採用を決めた理由の一つに「なりすまし防止」や「転売対策」がありましたが、これは当初こちらとして想定していなかった用途でした。このように顧客からの声や対話の中で新しい用途が見えてくることがあります。今後も多くの企業との会話から、思いもよらない利用の仕方が生まれてくるのではないかと期待しています。

石川: また、B2C領域だけでなく、B2E、すなわち従業員向けの活用領域にも広がりがあると考えています。例えば個人がSAKULaLaに登録すれば、その情報を企業に開示する形で従業員認証としても利用できる。社員証や各種のアクセスカードに代わって、よりスマートな管理方法になるユースケースも十分にあり得ると見ています。

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