【税制改革】「年収の壁」引き上げで何が変わる? 基本の考え方や企業への影響を、社労士が解説(3/3 ページ)
「年収の壁の引き上げ」に関連して行われた2025年度の税制改革。企業の社会保険や賃金制度への影響も無視できません。主に社会保険に関する年収の壁の変更は企業にどのような影響があるのか、社会保険労務士が解説します。
106万円の壁廃止は、最低賃金の引き上げによるもの
106万円の壁が2026年10月に廃止されることについて、税収の壁を引き上げた代わりに社会保険料の徴収を強化しようとする増税制度と憤る人もいます。ですが、実際には最低賃金の引き上げに伴うものです。
2025年10月以降、埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫の8都道府県では、時給が1100円を超えています。週20時間以上、月に80時間以上働けば、1100円×80で必然的に8万8000円を上回ります。他の県も来年の最低賃金の引き上げにより、1100円以上となっていくため、週20時間以上働く人にとって106万円の壁は意味をなさなくなります。
なお、新たな最低賃金は、10月以降に全国で一斉に適用されるのではなく、来年以降に適用される県もあります。背景には今年の上げ幅が大きかったので、体力が弱い中小企業が多い地方では賃上げのための猶予期間を設ける必要がある他、106万円、130万円という社会保険の壁を意識した働き方を抑制しないようにしたという事情もあります。
年末から年始にかけて飲食、宿泊、小売などの業界では繁忙期を迎えます。こうした業界はアルバイトやパート社員を活用しないと現場が回らないからです。最低賃金のアップに伴い、各企業は社会保険に加入させるかという点についても検討する必要が出てくるでしょう。
配偶者手当の見直しも必要
2025年の税制改正により、所得税制における扶養基準が103万円から123万円へ、配偶者特別控除の対象となる給与収入の上限が150万円から160万円へ引き上げられました。配偶者手当を支給する要件として、配偶者の所得が103万円未満としている企業は見直しが必要となります。
ただ昨今では、配偶者手当の支給要件として配偶者の年収要件を設けている企業は減少しています。 2016年と2024年を比べると、収入制限がある配偶者手当を支給している事業所の割合は、37.6%から20.4%に減少。また、共稼ぎ世帯の増加や年収の壁対策を背景として、配偶者手当そのものを廃止して基本給に組み入れる企業も増えています。
年収の壁対策は、税制だけでなく、社会保険への加入という問題があるため、労働時間や賃金制度などさまざまな角度から検討しなければなりません。パート社員を多く抱える企業は、法改正情報を注視し、早めの対策をとることが必要です。
また、年収の壁を働き控えの要因として捉えるのではなく、制度対応を通じて多様な働き方を再設計する機会であると見ることもできます。多くの企業が勤務調整で一時的に対応していますが、壁を意識せず働ける枠組みを整えることで、限りある人材をもっと生かせるかもしれません。
例えば、社会保険料の企業負担をコストではなく、労働力確保のための投資であると経営層から発信することで、中長期的に見れば安定的な人材確保につながります。社会保険料負担分の原資について懸念がある場合は、加入をサポートする助成金制度なども用意されています。良い人材を確保できれば、生産性の向上につながる可能性もあります。
著者プロフィール
佐藤敦規(さとう あつのり)
社会保険労務士。中央大学文学部卒。50歳目前で社会保険労務士試験に挑戦し合格。三井住友海上あいおい生命保険を経て、現在では社会保険労務士として活動。法人企業の助成金の申請代行や賃金制度の作成に携わっている。 社会保険労務士としての活動以外にも、セミナー活動や、「週刊現代」「マネー現代」「プレジデント」などの週刊誌やウェブメディアの記事を執筆。 著書に、『45歳以上の「普通のサラリーマン」が何が起きても70歳まで稼ぎ続けられる方法』(日本能率協会マネジメントセンター)、『リスクゼロでかしこく得する 地味なお金の増やし方』『おじさんは、地味な資格で稼いでく。』(以上、クロスメディア・パブリッシング)などがある。
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