オーダースーツが「1週間、3万3000円」で作れる理由 KASHIYAMA社長に聞いた
業界の常識やイメージを払拭したいと、2017年から「3万3000円、1週間」という短納期でありながら上質なオーダースーツを手掛けているのがオンワードパーソナルスタイルだ。関口猛代表に組織改革も含めた経営戦略を聞いた。
「オーダースーツ」と聞いて、どのようなイメージを抱くだろうか。「高い」「仕上がりまで時間がかかる」との印象が、未だに強いのではないだろうか。
そんな業界の常識やイメージを払拭したいと、2017年から「3万3000円、1週間」という短納期でありながら上質なオーダースーツを手掛けている企業がある。100年近い歴史を誇るアパレルメーカー、オンワード樫山からスピンアウトした、オンワードパーソナルスタイルだ。
直近、2024年度の決算では売上高62億円で前年比137%、リアル店舗の売上高においては前年比152%と、過去最高を更新するなど、特に若者を中心に高い支持を集めている。代表の関口猛氏にインタビューを実施した。組織改革も含めた経営戦略を前・後編にわたり紹介する。
関口猛 1995年にオンワード入社。カルバンクライン、オンワード樫山などで事業本部長やマーチャンダイザーとして活躍した後、2012年からはオリジナルスーツブランド「五大陸」の事業本部長も兼任。2017年にオンワードパーソナルスタイルの代表取締役に就任し、オーダースーツ「KASHIYAMA」事業を牽引(けんいん)している
3つのデジタル改革 1カ月かかっていた納期を1週間に短縮
――上質なオーダースーツを1週間で自宅に届けられる理由を教えてください。
いろいろと理由はありますが、店舗での採寸から工場での製造、できあがった商品の発送や輸送など、一連の工程をデジタル化したことです。例えば、以前は採寸したデータやお客さまの情報は担当者が紙に記入したものを、FAXで中国の工場に送っていました。
注文が殺到する週明けなどには2000枚ほどのFAXが工場に届くのですが、字が薄く読みづらいなどの注文票があり、20人ほどの担当者が電話で確認をしたり、製造するために打ち直したりするなど、手間を要していました。そのため製造までには3日ほどかかっていました。中にはあまりに注文数が多く、FAXの紙が足りなくなったり、詰まっていたりするようなケースもありました。
そこで、紙の注文票をなくし店頭での入力はiPadとしました。さらには工場にもPCなどを導入し、オンラインでつながるように。このような取り組みにより、店頭で入力したデジタルデータは海を越えて瞬時に中国の工場に届くと同時に、すぐに製造に移れるような体制としました。
――まずはアナログ的な注文工程をデジタル化することで、3日間の工期を短縮したと。
生地を裁断するマシーンもデジタル化することで、ここでも人を介することなくオーダー通りの裁断をすると同時に、次の縫う工程を担うフローまで、自動で届ける仕組みも構築しました。
検品や配送も見直しました。中国など海外の工場で製造した商品を日本に輸入する場合には、中国や日本の通関など数回の検品をするため、1カ月ほどの時間を要すことが一般的です。
当社は自社の専用工場を持つことに加え、毎日一定量の荷物を確保することで、このあたりは陸送、空輸を担う輸送会社のご尽力も大きいのですが、中国では陸送の特別便を用意いただいています。中国から日本へは飛行機を使った空輸をし、さらに日本に入ってきてからも直接お客さまの元へ届けることで、店舗やECで注文を受けてから1週間で届ける仕組みを構築しました。
価格はリーズナブルだが生地にはこだわる
――3万3000円という価格ながら、上質さを保っている秘密はいかがでしょうか。
そこはやはり、スーツを100年近く作り続けてきたオンワード樫山が培ってきた技術が大きいと感じています。例えば最近、特に若者から支持されているウールの質感がありながらも、ストレッチ性が高く自宅でも洗える「コンフォート」というシリーズがあります。
東レさんに協力いただきながら素材を新たに開発したのですが、これまでのお付き合いや取引量が多いことなどから、原材料費を抑えることができています。裁断においても、これまで培ってきたパターンのデータが大量にあることも大きいですね。
さらには、先ほどお話した中国の工場では、裁断までは人を介さずデジタルで一気に行いますが、その先の縫製においては上質なスーツを長年縫製してきたミシンを使って、同じく熟練の技術者が一着ずつ丁寧に仕上げています。
――なるほど。オンワード樫山が培ってきた優位性となる技術は、そのまま残したというわけですね。
先ほどの内容に関連しますが、販売店などを通さず自社の店舗での採寸やECサイト経由、さらには中国の自社工場から直接顧客に届けるという一気通貫の仕組みを構築したことで、かなりの効率化も達成しています。このようなさまざまな経営努力により、上質でありながらリーズナブルなオーダースーツを実現しています。
デジタルだけじゃない 従来型マーケティングにも注力
――ここ数年は特に若者、学生などからの評価が高いそうですね。マーケティングなどで工夫していることはありますか。
まずは、デジタルマーケティングに注力しています。スーツが必要となる入学式や就職活動のタイミングで若者の大半はどこでどんなスーツを購入したらよいのかを、ネットで検索するからです。いわゆるGoogle広告やYahoo!広告といった、リスティング広告に出稿しています。
また最近始めた取り組みですが、YouTubeで専用のチャンネルを設け、スーツの歴史などスーツに関するさまざまなトピックスを、見識者からインフルエンサーまで、さまざまな方に登場していただき、発信しています。こちらは特にKASHIYAMAの宣伝、広告というよりも、私がそもそも今の事業を始めるきっかけでもあった「日本の若者にスーツに関して正しい知識やかっこいい着こなし方を知ってもらいたい」という思いから発信しています。
――10代の顧客数が前年比260%は、特異な数字です。何か、他にも工夫していることがあるのではないでしょうか。
実は、事業を始めた当初の顧客ターゲットは、特に若者ではありませんでした。ところが、事業を続けていくうちに、学生をはじめとする若者からの支持が増えていきました。デジタルマーケティングなどの取り組みは他の同業者も以前からやられていますので、検索した際に3万3000円で自分の体にフィットする上質なオーダースーツが、しかも注文してから1週間で届くという点が、やはり最終的には購入者に刺さっているのだと感じています。
口コミでの広がりも大きいようです。就活用のスーツを学校に着ていったお客さまが、友だちからどこで購入したのかと聞かれ、新たな顧客となる流れです。そこで最近は大学の学食のテーブルやお盆に広告を打つような取り組みも行っています。
あとは、入学時に大学が送る案内にチラシを同封させてもらう。同じく、就職活動のタイミングでDMを送るような取り組みもしています。
――従来からあるような、割と一般的なマーケティングにも、かなり力を入れているんですね。
若者が最初に買うスーツをわれわれは「ファーストスーツ」と呼んでいますが、ここのお客さまを獲得し、そこからファンになってもらうことはかなり重要です。ですから学生さんに向けては2万円で購入できる学割キャンペーンや、初めてのお客さま割など各種キャンペーンも目先の利益は度外視して、取り組んでいます。
あとは細かなところですが、より若い層に認知してもらえるよう、人の交流が多い場所に出店するように意識しています。10月に千葉県流山市にオープンした新業態である「ライフスタイル一体型店舗」では、ロゴを漢字やローマ字ではなくカタカナの「カシヤマ」とすることで、より若者への認知を工夫しています。
スーツは斜陽産業だがオーダースーツは伸びていた
――関口さんはなぜ、新しいオーダースーツ事業に取り組もうと思われたのでしょう。
スーツを着る人が減ったこともあり、スーツ自体の需要は右肩下がりでどんどん減っていました。ところが、オーダースーツに関しては逆で、ここ10年ほど前から需要が伸びていたんです。
自分の体型にフィットしたスーツを望む若者が増えたこともありますが、エコロジーやサステナブルといったキーワードや意識が、社会に広く浸透したことも大きいと感じています。
――オーダースーツとエコロジーが関係あると?
昨今では徐々に変わりつつありますが、アパレル業界では以前から大量の商品が売れずに処分されることに対して、業界内外から批判も含め、改善すべきだとの声が挙がっていました。実際、私も30年ほどアパレル業界に携わってきていますからよく知っていますが、大量の在庫を抱える事業ですからね。正直に申し上げると、非効率の極みのようなビジネスだと言えるでしょう。
対して、これはスーツに限りませんが、オーダー品であれば在庫は必要ありませんし、ビジネス的なメリットも大きいですよね。実は中国はこのような潮流をいち早く捉え、国策としてオーダー商品事業に積極的に投資をしてきました。かつ、中国はITも進んでいますから、先ほどお話したような工場のIT・デジタル化も同時に進めていました。
実は、もともと取引のあった中国の縫製工場を10年以上前に訪ねたときに、そのように進んだ中国の縫製工場の様子を目にしたんです。いわゆるスマートファクトリー、スマートテーラー的な仕組みで、工場で働いているのはベテランの縫製職人さんもいましたが、たいていは若い人たちでした。聞けば、多くの作業がデジタル化されているので、経験豊富でない者でも問題ないのだと。実際、工場で働く人の平均年齢は27歳でした。
――つまり先行していた中国のDX、スマートファクトリーを参考にしたわけですね。
はい。ただ、中国の工場でも納期はさすがに1週間ではありませんでしたから、検品や発送の仕組みは、われわれが考え出したものです。これには、事業を始める前に行ったリサーチの内容が大きく関与しています。
オーダースーツの不満を探ると、欲しいとは思うけど価格が高いことに加え、納期が長いとの声も多く聞かれました。従来のように1カ月もかかっていては、私自身注文したことを忘れてしまいそうですし、季節も変わっていますからね。そこで1週間にこだわりました。
ただ、日本に戻ってきてから納期も含め関係者に話すと、「できるわけがない」と周りからは怒りの声も含めての厳しい反応がほとんどでしたが(苦笑)。
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