責任者がいない、現場の職員が動かない──自治体DXを阻む、2つの「症例」:人材流出が招く「行政の危機」
自治体がDXを推進する上で、多くの自治体が共通の「症例」を抱えている。それがDX推進を阻む壁になっていることが分かった。「責任者がいない」「現場の職員が動かない」。こうした状況を変えるには、どうすればいいのか?
前回は、自治体がDXを推進する上で土台となる「エンゲージメント」の重要性について解説した。近年、若手職員の退職・休職が増加傾向にあることを受け、総務省は各自治体に「職員のエンゲージメント向上」を要請している。しかしながら、具体的な取り組みを進めている自治体はごくわずかにとどまっているのが実情だ。
一方、民間企業に目を向けると、10年以上前からエンゲージメント向上の動きが活発になっている。筆者の所属するリンクアンドモチベーションも、これまでに1万社を超える企業のエンゲージメント向上を支援してきた。直近では約20の自治体においてエンゲージメント調査を実施している。
こうした取り組みを進める中で、多くの自治体が共通の「症例」を抱えており、それがDX推進を阻む壁になっていることが分かった。
自治体DXの推進を阻む2つの「症例」とは?
DX推進が進まない自治体組織で、共通してみられる症例が2つある。
(1)意味目的不足症
職員に「なぜDXに取り組むのか?」が十分に伝わっていない状態である。それゆえに、DX推進が手段ではなく、目的化してしまっている。
新しいシステムの導入にあたり、説明会を開いたものの、機能や操作方法に関する簡単な説明があったのみで、「詳細はマニュアルを見てください」とだけ伝えられても、現場の職員は動かない。
「システムを導入して何を変えたいのか?」「自分の業務がどう効率化されるのか?」「市民が受けるサービスは何が変わるのか?」といったことが分からないままでは、部下は前向きに取り組む理由を見いだせない。目的・意義が共有されないまま進められるDXは、職員のエンゲージメントを低下させ、現場の反発や無関心を招くだけである。
(2)責任者不在症
責任者がいないために、DX推進が阻害されている状態である。自治体は人事異動が多いため、リーダーの異動を機にプロジェクトが停滞、あるいは頓挫してしまう例が多く見られる。
もちろん、異動が発生した際に、リーダーとしての役割や業務の引き継ぎはなされるが、プロジェクトに込められた意志や使命感まで引き継がれるケースはめったにない。その結果、誰が最終的な責任を持つのかが曖昧(あいまい)になり、推進力が失われる。責任が宙に浮いたような状態が続くことで計画が形骸化し、次第に熱が冷めてしまうケースは少なくない。
DX推進で軸にすべき「One for All, All for One.」の考え方
組織変革コンサルティングファームとして当社が大切にしているのが「One for All, All for One.」という考え方である。このフレーズは、一般的に「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という意味で使われるが、当社では「All」と「One」を次のように定義している。
- All:組織の成果創出
- One:個人の欲求充足
ここで言う「One for All, All for One.」とは、組織としての成果を高めながら、同時に一人一人の成長や満足を実現することである。どちらかに偏るのではなく両立させることが、持続的に発展し続ける組織の条件だ。この考え方は、企業経営においてはもちろん、自治体の組織づくりにおいても極めて重要であり、DX推進をはじめとするさまざまな改革に取り組む上でも、軸にすべき考え方である。
自治体が抱える2つの症例についても、「One for All, All for One.」の考え方に基づいて解決策を講じる必要がある。
(1)組織と個人、双方の視点で「Why」を伝える
DX推進などの新しい取り組みを始めるとき、「What」(何をするのか?)や「How」(どうやるのか?)は説明されても、「Why」(なぜやるのか?)は十分に伝えられていないことが多い。
新しいシステムの操作方法や導入スケジュールを伝えるだけで、現場の理解・納得を得ることは難しい。「組織としてどのような課題を抱えていて、何を変えたいのか?」──取り組みの背景や目的、意義を組織全体で共有することが大切だ。
ただ、組織全体に共有するだけでは不十分である。個々の職員の行動変容を促すためには、「自分がなぜ取り組むのか?」という個人の動機付けが欠かせない。新しいシステムの導入時は、どうしても短期的な負担が伴う。だからこそ、一人一人の職員が「自分の業務にどのように役立つのか?」「自分にとってどのような価値があるのか?」を理解・共感できるように伝えることが重要である。
「for All」(組織全体にとっての意味)と「for One」(個人にとっての意味)、この2つのWhyが腹落ちしたとき、職員の主体的な行動につながっていくのだ。
(2) 責任者と推進リーダーが役割を担い、組織と現場をつなぐ
DXのような中長期的な変革を成功に導くためには、明確な役割設計が不可欠である。特に、プロジェクト全体の推進を担う「責任者」と、現場の実行を担う「推進リーダー」という二つの役割を設計し、それぞれが機能することが重要となる。
まず責任者は、プロジェクト全体の旗振り役となる重要な存在である。民間企業では取締役クラスが担うことが多いが、自治体でも全体視点を持ち、異動の頻度が比較的少ない首長や部長クラスがこの役割を担うことで、組織全体としての重要度が高まり、変革の原動力となる。
次に、推進リーダーは、責任者が示す方針や意図を現場に適切に伝え、課題解決に向けて実行力を発揮する役割を担う。各部署から選出され、全庁的なDX方針と現場の業務をつなぐ結節点として、プロジェクト責任者や他部署のリーダーと連携しながら取り組むことが重要だ。
トップの旗振りと、現場主導で進めるDX推進 〜埼玉県 上里町〜
実際に、責任者と推進リーダーの両輪によってDX推進を実現している自治体がある。埼玉県上里町(人口約3万人)では、DXを行政改革の重要施策と位置付け、町長をトップとする全庁的な体制「上里町行政改革推進本部」を設置し、全体方針を明確に示している。
さらに、毎年度、各事務事業担当課から1人以上のDX推進リーダーを選出。推進リーダーを集めた「DX推進リーダーワーキンググループ」や、取り組みテーマごとの「専門部会」を通じて現場の課題を吸い上げ、実効性のある施策の検討・実施調整を進めている。
その結果、地理情報システム(GIS)の公開による来庁件数の削減や、デジタルサイネージを活用した情報発信など、住民サービスの質を高める具体的な取り組みが次々と生まれている。
上里町の取り組みは、首庁による明確な方針の提示と、現場職員主体で課題解決を図るという、役割設計が見事に機能している点が特徴的だ。責任者が全庁的な旗を掲げ続けることで組織全体の足並みをそろえ、推進リーダーが現場の意見を吸い上げながら施策を実行していく点は、規模の大小にかかわらず参考になる取り組みだろう。
「職員や組織の強さ」が地域活性化を生み出す
前編からお伝えしてきたとおり、どれほど優れた戦略やITシステムがあっても、エンゲージメントが低い自治体組織ではそれらは実行されず、変革の歩みは止まってしまう。
自治体をはじめとする行政機関は、市民や国民の代表としてまちづくり・国づくりを担う意思決定機関である。その中で働く職員や組織が強くなければ、地域や国の活性化は望めない。労働生産性の向上や業務改革など、さまざまな課題がある中で、真の変革に向けて自治体組織に必要なのは、変革の土台となるエンゲージメントをいかに高められるかである。
ぜひ、本連載でお伝えしたポイントが、日々の組織づくりの一助となれば幸いだ。
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