自動化の時代にあえて「手作り」に 北海道「サザエ食品」再生の舞台裏:「経営構造」に課題
「おはぎとおむすび」の老舗企業、サザエ食品は、事業の多角化といった理由により、経営破綻の危機に陥っていた。再び北海道を代表するブランドへと進化した軌跡を、エイトブランディングデザイン代表の西澤明洋氏と、石屋製菓三代目社長でありサザエ食品社長でもある石水創氏に聞いた。
北海道民に「おはぎとおむすび」といえば、誰もが思い浮かぶ老舗企業、サザエ食品。テレビCMでも有名な同社は、事業の多角化といった理由により経営破綻の危機に陥っていた。その老舗ブランドの再生を託されたのが、ブランディングを専門とするデザイン会社のエイトブランディングデザイン(東京都港区)代表の西澤明洋氏だ。
同社は「ブランディングデザインで日本を元気にする」という理念のもと、リブランディングを通じて経営の本質に立ち返り、企業のブランド再生を実現してきた。
今回、サザエ食品の商品構成・ロゴ・パッケージ・店舗体験など全方位を刷新し、サザエブランド本来のストーリーとアイデンティティを可視化した。世代や地域を超えて新たな支持を獲得し、再び地域を代表するブランドへと進化した軌跡を、エイトブランディングデザイン代表の西澤明洋氏と、石屋製菓三代目社長でありサザエ食品社長でもある石水創氏に聞いた。
西澤明洋(にしざわ・あきひろ) エイトブランディングデザイン代表。「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトのもと、企業のブランド開発、商品開発、店舗開発など幅広いジャンルでのデザイン活動を行う。リサーチからプランニング、コンセプト開発まで含めた、一貫性のあるブランディングデザインを数多く手掛ける
石水創(いしみず・はじめ) 東洋大学法学部経営法学科卒業。小樽商科大学大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻修了。2004年 石屋製菓入社。2013年石屋製菓、石屋商事代表取締役社長に就任。2015年 サザエ食品取締役会長就任。2021年 サザエ食品代表取締役社長就任。2025年 コンサドーレ(北海道コンサドーレ札幌) 代表取締役社長に就任
おはぎとおむすびの売上高が141%に 課題は「経営構造」にあった
サザエ食品は、1957年に函館で開業した。1993年には年間売上高100億円を超え、道内に155店舗を展開するなど最盛期を迎えたものの、商品多角化と店舗拡張により経営が悪化。2015年に銘菓「白い恋人」で知られる石屋製菓がM&Aで買収し、2021年に石水氏がサザエ食品の社長に就任した。
サザエ食品の立て直しをエイトブランディングデザインに求めたきっかけは、同じ北海道でドラックストアチェーンを展開するサツドラホールディングスの富山浩樹社長に評判を聞き、紹介してもらったことだ。
サツドラのリブランディングを成功に導いたエイトブランディングデザインの実績を知り、相談を持ちかけたのが始まりだった。
西澤氏が最初に感じたのは、サザエ食品の課題が単なるビジュアルデザインの問題ではないということだった。経営の構造的な部分に問題を感じたという。エイトブランディングデザインのデザインは、単なるロゴやパッケージのデザインにとどまらない。企業の経営課題も包括的に解決する「デザイン部長」のような役割も果たしている。その実績は、企業にとどまらず、神社といった文化施設など幅広い。クラフトビール「COEDO」、抹茶カフェ「nana’s green tea」、スキンケア「ユースキン」などのブランディングも手掛けた。
当時のサザエ食品は、主力の「おはぎ」「おむすび」にとどまらず、「総菜」「弁当」「スイーツ」と、さまざまなカテゴリーを拡張し続けてきた。その結果、SKU(商品数)は200を超え、現場の生産性が落ち、店舗ごとに何の専門店なのかが分からなくなっていたのだ。そこで西澤氏は、経営陣や現場スタッフを巻き込み、ワークショップを実施。ブランドの強みを「再発見」する過程を重視した。
「私たちが手掛けるのは、新しいブランドを設計することではなく、現場に眠る価値を掘り起こすことです。そこで、何を変えるかではなく、何を残すかに焦点をあて、デザインの前にブランドを再構築する必要がありました」
西澤氏が語るように、サザエブランドの再確立のために、本来の主力商品である「おはぎ」と「おむすび」を中心にし、214あった商品ラインアップを3分の2へと絞り込んだ。ただ商品類を削減するだけではない。主力商品である「おはぎ」と「おむすび」を深掘りし、創業者の名を冠した「とみのおはぎ」や、若年層を意識した「スティックおはぎ」など、新たな商品を開発した。看板商品の「えび天むす」は、3種類に再編。結果、全社のおはぎとおむすびの売上高は前年比141%、利益率は165%までに向上した。
西澤氏は「ブランディングはフォーカス」だと話す。強いところは徹底的に強くする。そして、その強みをしっかり強みとして引き上げることが、ブランドの焦点になっていくということだ。
「手のひらに、想いをのせて。」 理念を再定義する
ワークショップの中で現場社員から出たのは、「もう一度、手作りに戻したい」という声だった。サザエ食品の本質である手作り文化への回帰だ。
創業当時、同社のおはぎは従業員の手で一つずつ作られていた。効率化の流れの中で徐々に機械化が進む。
そんな中、おはぎを機械で作ることをやめ、手作りに戻すというのだ。効率性を重視する現代の食品業界では、極めて異例の判断である。だが、手作りと機械で作ったおはぎを目隠しをして試食すると、何と9割以上の社員が手作りの味を「おいしい」と選んだ。しかも見た目の均一さは、意外にも機械製造より手作りが勝り、口にした瞬間の柔らかさや塩味のバランスも明らかに手作りが上回っていたという。
現場の職人たちは確信した。サザエの価値は「効率」ではなく「手の仕事」にあるのだと。この社員たちの思いが、「手のひらに、想いをのせて。」というブランドコンセプトとなる。
「効率化は経営上の正解に見えがちですが、ブランドの本質は、人の手で作る信頼にあります。サザエには手で結ぶ文化があり、それを守ることが、長期的な利益につながると確信しました」(石水氏)
「ブランドコンセプトは外から与えるものではなく、現場の願いを言葉にすることが重要です。『手のひらに、想いをのせて。』という言葉が出た瞬間、組織全体が一つにまとまりました」(西澤氏)
改革の中心に据えた新たなブランドコンセプト「手のひらに、想いをのせて。」。この理念を軸に、商品だけでなく、接客や店舗デザイン、広告表現に至るまで、再構築を進めていった。
デザインの役割は「伝える仕組み」を作ること
デザインが担ったのは「伝える構造」の設計だった。パッケージデザインと店舗の内装も刷新。店舗デザインは、創業時の思いを受け継ぎながら、「現代のサザエ食堂」をコンセプトに、現代的で親しみやすいデザインにしたという。食堂を想起させるブランドカラーで仕上げたのれんを目印に、明るく品質感を高める木と調和した空間へと生まれ変わらせた。
新しいブランドロゴは、サザエの象徴である小豆の赤をベースに、現代的な幾何学デザインで再構築。そのロゴは単なるマークではない。ショッパー、名刺、店舗サインなど、あらゆる展開の軸になるものであり、顧客とのコミュニケーションツール、ブランドの象徴になるものと位置付けた。
Webサイトでは、会社紹介や商品紹介だけでなく「おはぎとおむすび」を伝えるストーリー設計を導入した。その結果、サイトリニューアル後、アクセス数は、月間3000PVから30万PVへと急増。ブランドへの関心が若年層や観光客へ広がり、再び「北海道の顔」としての地位を取り戻しつつある。
西澤氏は、今回の取り組みを次のように総括する。
「ブランディングデザインとは『約束と生き様』だと、いつも言っています。コンセプトは、企業としてのクライアントに対する約束であり、真っ先に生活者の目に入るロゴは、ブランドとしての生き様を表すものであってほしいと思っています」
SKUの大幅な削減、機械化と自動化が進む時代にあえて「手作り」に立ち戻る決断。それらの策定は、過去への回帰ではなく、未来の競争力を取り戻すための戦略だった。サザエ食品の再生事例は、ブランディングを経営戦略に据えた企業変革のモデルといえるだろう。経営の本質が「合理性」ではなく「共感」にあることを証明している。
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