高さ50メートル、1800度の「高炉」内部を可視化せよ JFEスチールはどう実現したのか
製鉄所のシンボルともいえる高炉。高さは50メートル、内部温度は1800度に達するため、内部の様子を人が目視で確認することはほぼ不可能だ。JFEスチールは、そんな高炉内部をデジタル技術で可視化し、操業の効率化を図る取り組みを進めている。
本記事の内容は、ウイングアーク1st(東京都港区)が11月11〜12日に開催した「UpdataNOW25」内で実施されたセミナー「JFEスチールのDXの取り組みとデジタル人材育成」の内容を要約したものです。
製鉄所のシンボルともいえる高炉。高さは50メートル、内部温度は1800度に達するため、内部の様子を人が目視で確認することはほぼ不可能だ。そんな高炉内部をデジタル技術で可視化し、操業の効率化を図る取り組みを進めているのが、JFEスチールである。
同社の粗鋼生産量は年間約2200万トン(2024年度見込み)で国内2位、世界で約14位の規模を持つ。経済産業省などによる「DX銘柄」に、計9回選出されているDX先進企業である同社の取り組みについて、DX戦略本部 DX企画部長の廣山和敏氏が解説した。
1800度の高炉 内部をどう可視化する?
JFEスチールのDX戦略は、「積極的データ活用、データドリブンにより競争優位を獲得」することを全体方針とし、
(1)IT構造改革の断行
(2)データ活用レベルの高度化
(3)ITリスク管理の強化
を3つの柱として推進している。
同社はDX推進を加速させるため、2024年に組織改革を実行。統一的な戦略の下で推進を図るため、従来独立していたDX関連部門を統合し、DX戦略本部を新設した。これにより、開発、展開、実装、保全までを一貫してDX戦略本部内で実施できる体制となった。
IT構造改革は2015年頃から開始し、2021年に本社システムの刷新が完了した。現在、製鉄所のシステム刷新を進行中であり、廣山氏によると「2025年度中に完了見込み」だという。
データ活用レベルの高度化の一つが、製鉄所全体を「インテリジェント製鉄所」にすることだ。高炉は高さ50メートル、直径20メートルの巨大な設備であり、かつ内部温度が1800度に達するため、直接内部を確認することが困難である。「操業は熟練オペレーターの経験と勘に頼っていた。属人化と人為的ミスによるトラブル発生と、それによる数億単位の損害が避けられないという課題があった」(廣山氏)
そこで同社は、CPS(サーバーフィジカルシステム)を活用し、高炉内部で起きている現象を、物理モデル、統計モデル、AIを用いて可視化することに成功。現在、12時間後の高炉内の状況を高い精度で予測できるレベルに達し、JFEグループの全ての高炉に導入している。廣山氏は「高炉内部の状態をリアルタイムで可視化し、操業の高効率化・安定化を実現した」と話す。
同社は、DXを推進する「デジタル人財」の育成にも注力している。廣山氏によると、
(1)データサイエンティスト:データ活用・分析に長けた人財(現在約660人)。
(2)デジタルデザイナー(市民開発者):ノーコードツールやRPAなどを活用し、業務改善ができる人財(現在約600人)。
(3)ビジネスイノベーター:各部門で業務改革のリーダーシップをとる人財。今年から育成に着手。
といった3つのステージで人財を定義。それぞれが使いやすいツールや教育機会を提供し、育成に取り組んでいる。
また、年に2回、全社でDX成果発表会を開催。社長を含む役員全員が参加し、優秀な成果を出した社員を表彰する。これにより、社員のDXへの意欲を高める狙いだ。
加えて同社は、社内で開発・蓄積したDX技術やノウハウを、ソリューションビジネスとして外部に外販する取り組みをスタートしている。製鉄所内の粉塵清掃のために開発された「自走式清掃ロボット」や、圧設備の保全において、部分放電の超音波を捉えて絶縁劣化を予測する技術、配管からのガス漏れによって発生する超音波を可視化し、漏れ箇所を特定する技術など、現在約100の商材を展開している。
廣山氏はこれまでの施策を振り返り、「DXは強力なドライビングフォースとなっている」と話す。鉄鋼メーカーならではの特色を生かした同社のDX事例に、今後も注目だ。
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