倒産寸前なのに年収100万円アップ 売上38億円のV字回復を実現した、山梨のプリント企業の「決断と狙い」(3/5 ページ)
Tシャツなどのオリジナルプリントグッズの製作を展開するフォーカスは2020年のコロナ禍、倒産の危機に陥った。しかし現在はV字回復を果たし、売り上げは約38億円に上る。この5年間、どのような戦いがあったのか?
新卒初任給42万円の狙い 倒産寸前で新卒採用に踏み切った理由
だが、V字回復には設備投資だけでは足りなかった。常松氏が同時に着手したのが人材への投資だ。「設備で差別化しても、それを生かす事業戦略を実行する人のレベルが上がらなければ、継続的な成長はつくれない。本当に身の程知らずでしたが、新卒採用に踏み切りました」
常松氏は2021年後半、倒産寸前の状況にもかかわらず人材の獲得に動き出した。しかし、倒産寸前の会社にキャリア人材が来てくれる可能性は低い。であれば、若い人材を採用し、自社で育てる方が現実的だと考えた。
新卒初任給は42万円に設定した。当時の相場が約23万円だったことを考えれば破格だ。「求人市場で埋もれないためには、どの水準に設定すれば目に留まるか。それを逆算した結果が42万円でした」と常松氏は説明する。この給与制度は一過性のものではない。基準報酬額は21年目まで自動で上がり、43歳時点で年収900万円に到達する設計だ。
新卒初任給に加え、社員の年収も100万円アップさせたわけだが、その狙いは人材確保以上に、支出を固定化することにあった。常松氏が最も避けたかったのは、経営計画が人件費の変動で崩れることだった。みなし残業40時間分を含めた固定給とすることで、販管費を確定させた。現在この制度は廃止しているが、当時は経営を安定させるために必要な判断だったという。
「労働分配率は約20%を維持する計算でした。売上目標とカラープリントによる粗利率向上を前提に逆算すると、出せる最大限が年収の100万円アップだった」
人件費を固定できれば、あとは売り上げを伸ばすことだけに集中できる。2023年入社の社員2人は刺しゅう加工の新サービスを立ち上げ、約1年で売り上げ1億5000万円を達成した。大胆な決断をしなければ、こうした若者には出会えなかったかもしれない。
同社は全社員の給与を社内で完全公開し、新入社員には決算書の読み方を必修研修として教えている。この透明性は採用段階から徹底しており、インターンシップでは実際の財務諸表を開示して議論させる。2024年入社のある社員は「入社するかも分からない学生にここまでオープンに見せるのかと驚いた」と振り返る。
「社員には会社経営にも興味を持ってほしい」。条件だけではなく、戦略の裏にある常松氏の思いが、成長意欲の高い人材を呼び込んでいる。
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