チャットで経費精算? それ、たぶん地獄だ――ラクスCAIOが語る"AIエージェント万能論"への違和感(1/3 ページ)
2025年初頭から業界を揺るがす「SaaS is Dead」論。経費精算SaaS「楽楽精算」で国内トップシェアを誇るラクスの取締役兼CAIO本松慎一郎氏はは、この議論に対して「SaaS is Not Dead」と断言する。その真意とは――。
「AIエージェントに『経費精算しといて』と言えば、あとは全部やってくれる」──。そんな未来が来れば、従来のSaaSは不要になるのではないか。2025年初頭から業界を揺るがす「SaaS is Dead」論である。
だが、経費精算SaaS「楽楽精算」で国内トップシェアを誇るラクスは、この議論に対して「SaaS is Not Dead」と断言する。
同社の取締役兼CAIO(Chief AI Officer)である本松慎一郎氏は、ChatGPT登場時から生成AI対応を主導してきた人物だ。大学時代に知識工学(AI関連分野)を専攻し、2001年のラクス創業期から事業を見続けてきた。
その本松氏に、SaaS is Dead論への見解を問うた。返ってきたのは、AIエージェント礼賛の風潮への率直な違和感と、2年間の試行錯誤から得た実践知だった。
AIエージェントへの期待は、例えばこんなイメージだろう。
領収書を渡して「これ処理しといて」と言えば、あとは秘書のようによしなにやってくれる。確認が必要なときだけ聞いてくる。税理士に丸投げするような体験──。
本松氏は、この期待に冷や水を浴びせる。
チャットで20項目を聞かれる地獄
「経費精算には最大で20項目の入力が必要だ。90%の業務は6項目で済むかもしれない。でも100%の業務を回そうとすると、入力項目が20個に増える。AIエージェントがフロントになったとしても、この20項目分の情報はやっぱり必要になる」
問題は、その情報をどう集めるかだ。
「20項目のうち13項目をチャットベースでいちいち聞かれるのは、あまりいい体験じゃない。それだったらWebのUIで入れた方がいい」
SaaSのUIは、一見すると入力項目が多くて面倒に見える。だがそれは「業務に必要な情報を網羅的に入力できる」ように設計されているからだ。本松氏はこれを「SaaSのUIの良さ」と表現する。
では、AIエージェントをフロントにした「ハブ型」──いわゆるHeadless SaaSの世界は、本当にユーザー体験を改善するのか。
「チャットが本当にUIとして最良なのか。ChatGPTみたいな汎用的な使い方はOKだけど、業務においてチャットは本当に最良なのか。それはかなり怪しいよね、という声はすごく聞く」
本松氏が指摘するのは、「正常フロー」と「例外フロー」の違いだ。
「7割8割の業務はチャットでできるかもしれない。でも残り2〜3割をやろうとすると、すごく煩雑なインタラクションが発生する。結局『SaaSの画面で入れてください』という話になってしまう」
有給申請を例に取ろう。残日数が足りていればスッと通る。だが足りなければ「病気ですか?」「慶弔ですか?」と順繰りに聞かれる。事前申請が必要なケース、事後でもOKなケース──業務ルールを満たしながら全パターンをチャットで回そうとすると、途端に複雑になる。
「領収書の情報だけで完結する経費精算もある。でも付帯情報が必要なケースは聞きにいかなきゃいけない。それが増えれば増えるほど、チャット系のインターフェースはそぐわなくなる」
これが、チャットUIの限界だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
「SaaSは死なない」 AIの弱点を冷静に見据えた、LayerXの成長戦略とは?
「SaaS is Dead」――汎用AIエージェントが業務を自動化する未来が近づく中、特定業務向けのSaaSは不要になるという見方が広がっている。だが、LayerXの福島良典CEOと松本勇気CTOは「明確に間違い」と断言。SaaS企業こそ、生成AI時代に優位に立てると主張している。
「正直、何を言ってるのか──」 SmartHR社長が斬る“SaaS is Dead”論の致命的な勘違い
登録企業数7万社超、従業員データ数で国内最大級の人事プラットフォームを築いてきた同社は、2025年を「AI活用の本格化の年」と位置付ける。業界では「SaaS is Dead」論が喧伝され、AIがSaaSを不要にするとの見方も広がる中、エンジニア出身の経営者が、SaaSの内側で10年を過ごしてきた視点から語るAI時代の生存戦略とは。
「クレカがあるのに現金払い」 日本人の支払い行動を激変させた、Visaの戦略とは?
キャッシュレス決済には“壁”があった。カードは持っているし、利用できる店も多い。それなのになぜか、現金で支払う……。そこには「習慣の壁」がある。
「AIに選ばれるSaaS」が成否握る 「SaaS is Dead」論にfreeeが出した答えとは?
「SaaS is Dead」――AIエージェントの台頭により、従来型のSaaSは不要になるのではないか。そんな議論がSaaS業界で広がっている。人間に代わってAIが業務を遂行する時代、ユーザーインタフェース(UI)を強みとしてきたSaaS企業の存在意義はどこにあるのか。freeeの横路隆CTOに聞く。
機能から「データ勝負」へ Sansanが舵を切る「SaaS is Dead」時代の新・生存戦略とは?
生成AIの台頭で、インターネット上でサービスを提供するSaaSの収益モデルが脅かされ、「SaaS is Dead」(SaaSの終焉)といった言葉も広がる。こうした状況の中、SansanはSaaS企業としての従来の戦い方を大きく変える。業界が岐路に立つ中、Sansanが打ち出した生存戦略とは――。
