土産品店、サンドイッチ店、ケーキ店……元・百貨店の転身から考える「業態転換」のヒント:後編(2/4 ページ)
流通業界が大きな転換点を迎える中、厳しい状況が続く百貨店。今回は一見すると見えにくい資産である「百貨店時代に培われた老舗の経験」を使い、変身を遂げた元・百貨店を紹介する。
「地元の名物」に特化した元・百貨店
百貨店時代の取引先や販売ノウハウを生かして、地元の名物を中心とした「お土産品・贈答品店専業」として生まれ変わったケースもある。その一つが、1925年から福岡市中心部に店舗を構えていた老舗百貨店「福岡玉屋」だ。
福岡玉屋は競争の激化に加え、店舗の老朽化を受けて、百貨店としては1999年に営業を終了。一方で、博多駅や福岡空港などにあった一部の小型店は、傘下にあった玉屋食品の手で営業を継続した。地元銘菓・銘品を中心とした「お土産品・贈答品店専業」として生まれ変わっている。
現在も百貨店時代と変わらない赤い看板を掲げた店内は、明太子や豚骨ラーメンなど福岡・九州の名物を求める客でにぎわっている。ターミナル駅や空港に出店していることもあって、百貨店業態終了から20年以上たった今も一定の知名度がある。なお福岡玉屋を起源に持つ企業は、他にクリーニング業を運営するものなどもある。
営業スペースは「わずか2〜3坪」、何を売っているのか
ちなみに2026年にも、事業を縮小して百貨店時代の強みを生かす業態特化により、屋号を残した百貨店が出現した。長崎県佐世保市の「佐世保玉屋」だ。
長崎県佐世保市の中心部・四ヶ町商店街にある「佐世保玉屋」。実際に佐世保玉屋に足を運んでみると、9階建ての建物で営業しているのは店舗の1階、しかも店舗入口のわずか2〜3坪のみだ。
玉屋は1806年に肥前国牛津(佐賀県)で創業した荒物店(のち田中丸呉服店)を起源とする百貨店で、かつては九州北部各地や香港などにも展開。先述した「福岡玉屋」もこの田中丸一族が創業した百貨店だった。佐世保玉屋は1894年に呉服店として開業、1918年に百貨店となった。
9階建ての建物は佐世保市の中心商店街におけるランドマークの一つであり、同店オリジナルの「ラビアンローズのサンドイッチ」や「のの字のケーキ(ロールケーキ)」は市民のソウルフードともいわれるほど知名度が高い。近年は地域の名物グルメの一つとして、観光客からの人気も高かった。
佐世保玉屋は建物の老朽化による耐震性不足が指摘され、耐震状況の公表義務が及ばない面積にまで売場を縮小したのち「将来的に再開発を実施する」として、2026年1月31日に一旦閉店。名物も姿を消すかと思われた。
しかし、2月2日に商店街に面した店舗風除室を利用するかたちでサンドイッチとロールケーキの販売を再開。当面は名物であった2つのみに品目を絞り「サンドイッチとロールケーキ専門の百貨店」として営業することを決めた。今も玉屋の風除室にはサンドイッチを求める人の姿が絶えず、店員によると夕方までに完売する日も多いという。
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