15年で売上9倍 強豪「パリ・サン=ジェルマン」幹部に聞く「脱・サッカー」の収益モデル
仏の強豪サッカークラブ、パリ・サン=ジェルマンは、スポーツ界で劇的な「収益構造の転換」を成功したクラブの一つだ。ピッチ上の勝敗という不確定要素に依存するビジネスモデルから脱却し、顧客層を「ライフスタイル全般のファン」へと広げてきた。同社の幹部らにファンマーケティング戦略を聞いた。
仏の強豪サッカークラブ、パリ・サン=ジェルマン(PSG)が5月、東京・渋谷で日本初上陸となる体験型ポップアップスペース「ICI C’EST PARIS LA MAISON 」(イシ・セ・パリ・ラ・メゾン) を展開した。
ファッション・音楽・アート・フードなどのパリの文化と、日本の文化を融合したスペースだ。日本を含めたグローバル規模で、ブランドのファン獲得を目的とする。会期中は7400人以上の来場があったという。
近年、商業収入を大きく伸ばしているPSGは、スポーツ界で劇的な「収益構造の転換」に成功したクラブの一つだ。同クラブは、ピッチ上の勝敗という不確定要素に依存するビジネスモデルからの脱却を目指しており、従来は「サッカーの観戦」がメインだった顧客層を「ライフスタイル全般のファン」へと広げてきた。
なぜPSGは、サッカーという枠を超えた「次世代型ライフスタイルブランド」への進化を急ぐのか。来日したPSGの幹部らに、渋谷でのイベントの裏側にあるファンマーケティング戦略を聞いた。
パリ・サン=ジェルマンが5月、東京・渋谷で日本初上陸となる体験型ポップアップスペース「ICI C’EST PARIS LA MAISON 」(イシ・セ・パリ・ラ・メゾン)を展開した(パリ・サン=ジェルマン提供写真)
15年で売上9倍 世界4位の富裕クラブを支える「商業収入」
PSGは今年のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)で、日本時間の5月31日に開かれる決勝戦に進出している強豪チームだ。昨季は所属する仏プロサッカーリーグの「リーグ・アン」と国内カップの「クープ・ド・フランス」、それにCLで仏初の3冠を達成した。
今、欧州サッカー界の収益構造は変化している。これまで主軸だった放送権収入の成長が鈍化しているからだ。サッカークラブが試合以外での収益を求めて、広く事業を展開するのは、欧州では大きな流れになっている。
米Deloitteの調査によると、リーグ・アンでは、約3年に1度のサイクルで契約する放送権収入が、現在は前サイクルよりも約20%減少。イタリアの「セリエA」でも新たな契約により約3%減少した。
にもかかわらず、欧州サッカー市場は年平均6%で成長を続けている。2024年から2025年のシーズンにおける累計収益は124億ユーロ(約2兆3000億円)。そのうち、放送権収入は47億ユーロだったのに対し、スポンサー収入や物販の拡大、スタジアムの多用途化などによる商業収入は53億ユーロだった。商業収入を新たな収益の柱にすることで、欧州サッカー市場は拡大しているのだ。
PSGも、商業収入の拡大によって成長している。2024年から2025年のシーズンでは、収入がクラブ史上最高額の8億3700万ユーロ(約1500億円)を記録した。サッカークラブでは世界4位の収入だ。このうち、商業収入は3億6700万ユーロで44%を占め、試合日の収入も2011年以降で7倍となる1億7500万ユーロを達成。オンラインストアの売上高はシーズン開始以来210%増、実店舗の売上高も90%増と好調だった。
成長曲線を描き始めたのは、2011年にカタール・スポーツ・インベストメント(QSI)がクラブを買収してからだ。当時9900万ユーロだったクラブの売上高は、約9倍の8億3700万ユーロまで伸びている。
これだけの成長を、どのようにして実現できたのか。PSG最高収益責任者(CRO)のリチャード・ヘーセルグレイヴ氏が戦略を明かす。
「サッカークラブとしての伝統的な収入源は5つです。放送権収入、スポンサー収入、チケット販売、ラグジュアリーな観戦サービスを提供するホスピタリティ事業、それにグッズ販売などのライセンス事業です。PSGはそれ以外のところを伸ばす戦略です。単なるチームロゴ入りの『グッズ販売』の枠を超え、ファッションやアート、食文化などを含む『非サッカーファンもターゲットにした収益モデル』を展開しています」
「もちろんサッカーチームなので、試合には勝ちたいと常に考えています。ただ、勝つにはやはり運も必要ですよね。それに対してブランドを作ることは、運に左右されることなく着実にできることです」
では、PSGが定義する「ブランドの構築」とは、具体的に何を指すのか。渋谷での体験設計やマルチスポーツ戦略の深層を見ていく。
ブランドの「魂」は老いない ファンに見透かされない「真実性」の追求
この「ブランド作り」の核心を担うのが、PSG最高ブランド責任者(CBO)のファビアン・アレグレ氏だ。同氏は、ブランドを次のように定義する。
「ブランドを人だとすると、その定義は3つあると思います。1つ目は肉体であり、見た目。2つ目は人情や性格といったキャラクター。3つ目は魂です。見た目や性格は老いていくとともに変わっていきます。しかし、魂は同じであり続けるものです。この魂を追求していくことが、ブランドをつくるということです」
アレグレ氏が示唆するのは、選手や監督といった数年で入れ替わってしまう構成員に対し、ブランドという不動のアイデンティティーを継承していくことの重要性だ。チームの強さという変数以外に独自のブランドを築くことによって、顧客との新たな接点を持つことができる。
日本でのイシ・セ・パリ・ラ・メゾン開催に当たり、アレグレ氏は日本市場を意識して、日本のマンガや伝統工芸とコラボしたアートを主導した。会場には鉄腕アトムをはじめとする日本のマンガ・アニメや、木工・陶器などの伝統工芸とのコラボを展示。同氏は、ブランドの「魂」を守る姿勢を強調する。
「ファンの方々の目は非常に厳しく、嘘っぽいコラボなのか、それとも本物なのかを見極める方が多いですね。なので、コラボでは真実性を求めることを重要視して、プロジェクトと真剣に向き合ってきました」
渋谷で仕掛けた体験設計 LTVを引き上げる仕掛け
この「ブランドの魂」を体験に変え、LTV(顧客生涯価値)を向上させる具体策が、今回のポップアップだ。ロサンゼルスやドーハ、ロンドンを経て、日本に初上陸した渋谷の会場は、3つのフロアで段階的なファン形成を狙う設計にしている。
- 1階:エンゲージメントの起点 1対1のサッカーケージやゲーム、トロフィー展示など、五感でPSGの熱量に触れる「没入型体験」を提供
- 2階:ライフスタイルへの浸透 日本のパートナーとコラボした限定アパレルやアートを展開。日常のファッションにブランドを組み込む「コンセプトストア」として機能
- 3階:プレミアムな関係構築 仏パリの伝統的ビストロ「Bistrot Paul Bert」が出店。食を通じた高付加価値な体験を提供し、ブランドの「格」を刷り込む
CROのヘーセルグレイヴ氏は、ブランド化を進める上では課題もあると指摘し、その解決方法の一つがイシ・セ・パリ・ラ・メゾンだと説明する。
「パリでの試合以外に、海外や日本のファンとの接点を持つことがPSGの課題でした。より接点を増やすための方策が、このポップアップスペースなのです。ファンを維持するためのイベントは重要です。また、日本ではアパレルのPSGストアを新宿、原宿、名古屋の3カ所で展開し、公式サッカースクールのPSGアカデミー・ジャパンも持っています。グローバルなファンベースを維持し、LTVを積み上げるための極めて重要なタッチポイントなのです」
マルチスポーツ化がもたらす「ファン・エコシステム」
1998年から2002年にPSGに所属し、現在はグローバルなPR活動を担う「PSGレジェンド」として活動している、元ナイジェリア代表のジェイ=ジェイ・オコチャ氏は、自らが所属していた時代と、現在のPSGの違いについて、こう表現する。
「QSIの買収によって経営体制が変わったことで、クラブ自体の持続可能性が高まりました。それはピッチ上でもピッチ外でも、一貫していると思います。ピッチ上では高いパフォーマンスを維持できていますし、サッカー以外でもカルチャーやファッション面で特別なブランドを形成できています」
この「持続可能性」を支える具体的な戦術が、マルチスポーツ化による「ファン・エコシステム」の構築だ。PSGはサッカーに加え、8月4〜5日に「パリ・サン=ジェルマン ハンドボールジャパンツアー」を開催するハンドボールチームの他、柔道部門やeスポーツ部門なども擁し、それぞれに世界トップクラスの選手を配置している。これは、総合エンターテインメント企業が複数の人気コンテンツ(IP)を抱え、顧客との接点を多角化させる手法に近い。
CROのヘーセルグレイヴ氏は、マルチスポーツ化の狙いを以下のように語った。
「ハンドボールや柔道は、仏の子どもたちに絶大な人気がありますが、日本でも独自のファン層を持っています。われわれの狙いは、サッカーファンだけでなく、特定のスポーツやイベントそのものを好む層を、全て『PSG』というブランドの傘下に引き入れることです。入り口(競技)はバラバラでもいい。それらを一つ一つ『糊』(のり)でくっつけるようにして、ブランド全体の価値を高め、LTVを最大化させていくのがPSGの戦略です」
サッカーがオフシーズンでも、他の競技が動いていればブランドの露出は途切れない。ポートフォリオを多角化することで、リスクを分散できる。
柔道という入り口からファンになった層に、サッカーやアパレルへの接点を持たせられるのもPSGの強みだ。1つの競技団体から、複数のエンタメを束ねる存在へと進化している。
パリ・サン=ジェルマン(PSG)はサッカーに加え「PSG ハンドボールジャパンツアー」を開催しているハンドボールチームを擁する。8月4〜5日には同チームが来日。国内のジークスター東京と東京・有明アリーナで激突する(PSGハンドボールジャパンツアー2026実行委員会事務局提供)
スポーツビジネスを「体験型IPビジネス」へ
放送権収入という「外部要因」に依存せず、自ら顧客接点を生み出し、商業収入を拡大する。PSGの戦略はスポーツビジネスの域を超え、高度な「体験型IPビジネス」へと進化している。
渋谷でのポップアップで見せたように、ファッションからガストロノミー(美食文化)までを統合したジャーニー設計は、ファンの熱量を逃さず、あらゆる接点で価値を提供する仕組みそのものだ。
「勝敗という運」に依存することなく確固たるブランドを構築することで、ファンの感情に深くコミットする。そして継続的な関係を築き上げる。世界的なIPビジネスホルダーへと脱皮を続ける同クラブの手法は、ファンコミュニティの熱量をビジネスに変えたい企業にとって参考になるだろう。
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