なぜIBMやウォルマートの採用条件から「大卒」「経験3年」の文字が消えているのか:AI・DX時代に“勝てる組織”(1/3 ページ)
多くの企業が「人が採れない」と頭を抱えている。しかし、その原因は労働市場だけにあるとは限らない。今、世界で注目される「スキルベース採用」という考え方と先進企業の実践から、人材獲得競争を勝ち抜くための新たな採用戦略を探る。
本記事は、小出翔氏の著書『誰もが成長し活躍する会社のしくみ 「スキルベース組織」という新しい人材マネジメントの実践法』(プレジデント社、2026年)の内容を基に再構成したもの。
連載:AI・DX時代に“勝てる組織”
AI時代、事業が変われば組織も変わる。新規事業創出に伴う人材再配置やスキルベース組織への転換、全社でのAI活用の浸透など、DX推進を成功に導くために、組織・人材戦略や仕組みづくりがますます重要になる。DX推進や組織変革を支援してきたGrowNexusの小出翔氏が、変革を加速させるカギを探る。
「求人を出しても、条件に合う人材が全く来ない」「DXをけん引できるプロジェクトマネジャーが採用市場にいない」「優秀な人材の採用競争が激しすぎて、採用コストばかりが高騰している」――経営層や人事担当者、DXを推進する現場のマネジャーから、こうした声を聞く機会が増えています。
少子高齢化を背景に、労働人口が減っていることは事実です。特に専門人材を巡る獲得競争は、かつてないほど激しくなっています。
しかし、ここで一度、立ち止まって考える必要があります。労働市場には、本当に「人がいない」のでしょうか。もしかすると、企業が見ているのは「実際の現場で何ができるか」ではなく「どこの大学を出たか」「誰もが知る有名IT企業にいたか」といった、過去の“ラベル”だけになっていないでしょうか。
「人が採れない」のではなく、会社の側が、自ら候補者を狭めている。いま採用の現場で起きている問題の一つはここにあります。
本稿では、新たな人材マネジメントの潮流である「スキルベース採用」の本質と、それを組織に実装するための実践的なアプローチを解説します。採用を「過去の肩書きで人を選ぶ仕組み」から「入社後に成長し、活躍できる可能性を見極める仕組み」へと変える。それが、スキルベース採用の出発点です。
「人がいない」のではなく、企業が「学歴・経歴主義」なだけ
多くの企業が深刻な人材不足に悩んでいます。しかし、その実態をひもといてみると「自社で活躍できる人材の範囲を、会社側が自ら狭く設定している」ケースが少なくありません。
皆さんの会社の求人票や書類選考の基準には、当たり前のように次のような条件が並んでいないでしょうか。
- 大卒以上、または情報・理工学系の学位
- 同業界での実務経験(例えばIT業界やSIerでの実務経験3年以上)
- 大手企業やメガベンチャーでの就業経験
たしかに、これらは「一定のビジネススキルや技術力、適応力を備えているだろう」と推測するための参考情報にはなります。求人を出せば大量の応募者が集まっていた時代には、効率よくスクリーニングを行うための便利なフィルターでもありました。
しかし、これらの条件はあくまで過去の所属や経験期間を示す情報にすぎません。「自社で担う業務において、明日から成果を出せるか」を直接的に証明するものではないのです。
米国のNPO法人であるOpportunity@Workは、スキルファースト、すなわちスキルベース採用の考え方を「仕事ができるなら、その仕事に就けるべきだ」(If you can do the job, you should get the job.)と極めてシンプルに表現しています。
同法人は、4年制大学の学位を持たないものの、現場での実務経験、コミュニティカレッジ、軍隊経験、独学などの代替ルートを通じて実践的なスキルを獲得した人材を「STARs」(Skilled Through Alternative Routes)と呼んでいます。そして、こうした人材のポテンシャルを「学歴」という入り口で見落とすことの機会損失に警鐘を鳴らしています。
「採用市場に人材がいない」と嘆く前に、自社が使っているものさしが粗すぎるがゆえに、本来であれば活躍できるはずの人材を、面接に呼ぶ前に見落としている可能性を考える必要があります。
学歴や職歴は、もはや「活躍を予測する指標」としては弱い
ビジネス環境の変化が激しく、事業やテクノロジーのライフサイクルが短くなっている現代において、学歴や特定の企業名、過去の経験年数だけで入社後の活躍を予測することは難しくなっています。
過去の成功体験や特定の技術が数年で陳腐化する時代では「過去にどこにいたか」よりも「現在何ができるか」「未来に向けてどれだけ素早く学べるか」の方が重要になります。
例えば、BtoBの「ソリューション法人営業」を採用する場面を考えてみましょう。多くの企業は「法人営業経験3年以上」といった条件で候補者を絞り込みます。しかし、実際の営業現場で成果を出すために本当に必要なのは、経験年数というラベルよりも、次のような実践的なスキルではないでしょうか。
- 顧客の表面的なシステム要件の奥にある、潜在的な経営・事業課題を聞き出す力
- 複雑な業務プロセスを構造化し、整理する力
- 自社のソリューションを用いた解決策を、説得力のある提案内容に組み立てる力
- 社内のサポート部門を巻き込み、プロジェクトを推進する力
- 失注した理由を環境要因や他人のせいにせず分析し、次の商談に生かす学習力
- 顧客と中長期的な信頼関係を構築する力
これらは、必ずしも「法人営業経験3年以上」とイコールではありません。前職の強力なブランド力や完成されたプロダクトに依存し、既存顧客への“御用聞き”として3年間を過ごした人材よりも、たとえ異業種であっても泥臭く顧客課題と向き合い、上記のようなポータブルスキルを磨いてきた人材の方が、入社後に大きく伸びる可能性があります。
世界的コンサルティングファームである米マッキンゼー・アンド・カンパニーのレポートでは、関連研究において「スキルを重視した採用は、教育歴や職務経験を重視する採用よりも職務パフォーマンスの予測力が高い」ことが示されています。また、学位を持たない労働者の方が、学位保有者よりも長く会社に在籍する、すなわち定着率が高い傾向があるとも指摘されています。
採用で真に重視すべきは、「過去の経歴」という代理指標ではありません。解像度の高い、具体的な「スキル」です。
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