「りんごの木」1本1本にタグ設置 一時は「赤字2000万円」の老舗農家がDXでつかんだ"逆転の一手":甘いりんごの“苦い現実”(1/2 ページ)
ツールを入れてデータを集めただけではDXは終わらない。青森の老舗りんご園、もりやま園では可視化したデータから経営課題を見抜き、新規事業の創出と栽培構造の改革へと踏み出した。DXを事業変革につなげた実践に迫る。
「このままでは黒字にならない」──青森県弘前市の老舗りんご園・もりやま園の代表取締役である森山聡彦氏は頭を抱えていた。一時は年間2000万円の赤字となる危機的状況の中、従来の栽培方法、収益構造はもう“限界”を迎えていると感じていた。
同社は、先代である父の頭の中にしかなかったりんご栽培ノウハウのデジタル化に取り組んでいる。経営に必要な情報が可視化される中で分かったのは「労働生産性は1時間当たり1200円」「作業時間の75%は収益を生んでいない」という、厳しい現実だった。
もりやま園はデータを駆使し、新規事業の立ち上げや栽培方法の見直しを進めており、売り上げを3倍に伸ばしている。年間2000万円に及んでいた赤字は100万円にまで減少した。
データ収集にとどまらず、可視化されたデータから真の課題を見抜き、農業の構造改革にまで挑む、老舗りんご園のDXに迫る。
本記事は、日本DX大賞実行委員会が主催したイベント「日本DX大賞2026 サミット&アワード」(7月22〜23日開催)のラウンドテーブル「持続可能な社会と事業のつくり方〜農業・食品ロス削減・除雪・水道インフラのDX実践者と考える、続く仕組み〜」を取材したもの。
父のノウハウを「データ」に変える
5代目である森山氏がもりやま園を承継し、法人化後、最初に着手したのは経営に必要な情報の可視化だった。
数十種類に及ぶりんごの品種がどこに何本植えられ、どのような作業にどれだけの時間がかかり、収穫量がどれくらいになるのか。「全ては先代である父の頭の中にしかなかった」という。
そこで森山氏は、地元のIT企業と組み、作業記録・進捗管理システム「Ad@m」(アダム)を共同開発した。
園内の樹木1本1本に二次元コード付きの「ツリータグ」を取り付け、全作業員が専用のアプリを入れたスマートフォンで「誰が、どの木に、何の作業をしたか。どれだけの時間をかけたか」などを記録する仕組みを整えた。
「データは企業の知的財産だ」と森山氏は話す。Ad@m導入によって「品種ごとの1時間当たりの収益」(品種ごとの労働生産性)を可視化することに成功。これにより、稼げない品種のリストラや工程改善など、客観的な事実に基づいた経営のPDCAサイクルを回せる環境が整った。
DXで見えた“黒字化は無理ゲー”という現実
デジタル化によって現場を把握できるようになったが、その結果明らかになったのは、会社経営の厳しい実態だった。当時の労働生産性は、1時間当たり1200円だった。
日本生産性本部の調査によると、もりやま園が法人化した2015年の日本の時間当たり名目労働生産性は、全産業で4800円ほど。それに対して農林水産業は1220円と全産業平均の4分の1ほどにとどまる。農林水産業の中で見れば、もりやま園の数字は特別に低いわけではないが、森山氏は農業に対する危機感を抱いた。
さらに作業データを精査すると、りんご作りにおける構造的な欠陥が明らかになった。全作業の中で収穫前の工程――「剪定」(せんてい)に15%、果実を間引く「摘果」に30%、太陽光を当てるための「葉摘み」や「実回し」に30%の時間が費やされていた。つまり、全労働時間の75%は収穫前の準備工程であり、直接収益を生まない「捨てる時間」だった。
限られた時期だけで年間の収益を上げなければならない産業構造そのものが、限界を迎えていると感じたという。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
「IT化か、水道を止めるか」 “ブラック部署”と呼ばれた曽於市水道課が挑んだ、金なし・人なしの現場DX
技術職員はわずか3人。人手不足が深刻化する中、鹿児島県曽於市の水道課は、現場主導のDXで時間外対応を約75%削減した。予算も人材も限られた自治体が実現した改革とは。
老舗ホテル「川六」、DXで「3.4万時間」削減 年商30億円超の経理を「週3日・パート1人」で回す自動化の仕組み
年間休日72日、有給取得率30%台――人手に頼る「根性経営」から脱却するため、ホテルチェーンを展開する川六は12年間にわたりDXを進めてきた。売上30億円規模の経理を「週3日・パート1人」で支え、470件を超えるAI活用を生み出した、取り組みの全貌に迫る。
「楽になった分は、サボっていいよ」 老舗建設社長が社員にアプリ3000個自作させたワケ
「現場が動かない」「プロジェクトが続かない」――。こうした理由で頓挫するDXは少なくない。後藤組はIT人材ゼロから4年で3000を超えるアプリを生み出し、全社的な改革を実現。取り組みは一過性で終わらず、成果へと結びついている。なぜ「全員DX」は機能したのか。その背景を探る。

