「AI、結局使えないじゃん」問題 セールスフォースが431万件対応で導いた正解(1/2 ページ)
AIエージェントの導入が進む一方、全社的な利益改善に至る企業は4割弱にとどまる。そんな「AI導入の壁」を破り、自社実践(カスタマーゼロ)で431万件の顧客対応を完了、商談数を4〜5割増加させたのがセールスフォースだ。同社はなぜ明快なROIを生み出せるのか。データやKPIが整う領域の選定や「シンプルで高頻度な業務」から任せる鉄則など、AI投資を成果につなげる運用の方法論を田中遼太COOに聞いた。
「AIエージェントを試してはみたが、全社的な利益にはなかなかつながらない」――。
経営層から、こんな課題をよく聞く。AIエージェントを導入する企業が増えた一方で、具体的な成果に結び付いた例は限られるのが実情だ。
米McKinsey & Companyが2025年11月に公表した調査によると、AIエージェントを少なくとも1つの業務で本格展開している企業は23%、試験的な導入にとどまる企業は39%だった。一方、導入した企業のうち全社的な利益改善につながったと答えた企業は39%にすぎない。導入と成果の間には、なお開きがあるといえる。
企業がそんな「AI導入の壁」に突き当たる中、Webサイトの画面の裏側で「累計431万件」もの顧客対応を自律完結させ、営業現場の商談数を「4〜5割増」にしたのが、顧客基盤大手のセールスフォース・ジャパン(以下、セールスフォース)だ。
同社は2024年10月、AIエージェント基盤「Agentforce」の国内提供を開始。以降もAgentforce 2(2025年1月)、Agentforce 2dx(同4月)、Agentforce 3(同7月)と機能追加を重ね、2025年11月には人とAIエージェントが同じ基盤上で連携する「Agentforce 360」を国内投入している。これらを顧客に提供するのと並行して、自社の営業とサポート現場に「カスタマーゼロ」(自社実践)として先行導入してきた。
多くの企業がAI投資の出口を見失う中、同社はなぜ明快なROI(投資対効果)を生み出せるのか。「成果の出るAIエージェント」の運用方法とは? 最初にエージェントを導入すべき業務の選び方から、AIには「シンプルで高頻度な作業」から任せるという鉄則、AIを自律成長させる運用の方法論まで、同社の田中遼太専務執行役員COO(最高執行責任者)に聞いた。
CRM連携で何が変わる? 「一問一答のチャットbot」を超えた対話力
――セールスフォースでは具体的に、どのようにAIエージェントを活用しているのでしょうか。
セールスフォースの公式Webサイトを開くと、画面上にAIエージェントが表示されます。テキストでの入力はもちろん、音声でもやりとりができます。ここで実際に「セールスフォースのエージェントに関する取り組みを知りたい」と話しかけると、エージェントは「Slack」や「Customer 360」「Data 360」など組織のデータとチームの連携を強化するための基盤を統合し、AIを活用した「エージェント型エンタープライズ」の実現に取り組んでいることを説明してくれます。
さらに「メディア業界での活用法を知りたい」と重ねて質問すると、広告販売の最適化やサブスクリプション管理、顧客データ統合の支援、Data 360による視聴者データの一元管理、AIによるパーソナライズされたコンテンツ推薦や広告ターゲティングの強化といった具体例を、自然な対話形式で提示してくれます。
これまでであれば、利用者がWebサイトで検索したり、あらかじめ用意された選択肢に沿って一問一答で回答が返ってくるチャットbotを使ったりするのが一般的でした。今回実装したエージェントは、Webサイト上のコンテンツを基本知識としながら自然言語でやりとりするだけでなく、裏側で当社のCRM(顧客関係管理)ともつながっています。
そのため、その利用者が「どのようなWebページをたどってきたか」「(メールアドレスを入力すれば)当社とのやりとりが過去にあったかどうか」といった情報ともひも付き、よりパーソナライズされた対応が可能になります。営業担当につないでほしい場合には、クリック一つでインサイドセールス担当とのミーティングを設定できます。こうした取り組みを、まさに今始めているところです。
431万件を自律対応 なぜ日本語だけ「人への引き継ぎ」が増える?
――営業活動以外でも、こうしたエージェントを活用しているのでしょうか。
はい。ここまでは営業活動の入り口としての活用が中心でしたが、既存顧客へのサポートという観点でも活用が進んでいます。「help.salesforce.com」というサポートサイトがあり、これは英語表示が基本ですが、日本語にもローカライズされています。従来のカスタマーサポートは電話やメールが中心でしたが、ここではAIエージェントが直接対応しています。
対応件数は2024年10月の提供開始から、これまでに431万件の会話に対応しています。サイト上では、直近でどれくらいの件数に対応しているかをサイト訪問者が見られるようになっていて、週当たりでも相当数の会話が発生しています。そのうち多くをエージェント自身が完結させており、残りの一部は、最初はエージェントが対応したものの途中で人にエスカレーション(バトンタッチ)されたケースや、会話が途中で終了したケースなどに分かれます。
これは言語によっても傾向が異なり、日本語での対応は、英語に比べるとエージェントのみで完結する割合がやや低く、人へのエスカレーションがやや多いという特徴が見えています。この背景を、社内の現場とカスタマーゼロの担当者が一緒に議論しているところです。
日本語化しているコンテンツの量が十分でないために回答し切れず、人に引き継がれているのか、あるいは人に引き継いだ結果として顧客満足度が上がっているのかなど、要因を切り分けた上で、さらに改善していくための取り組みを社内で進めています。
――最初から人による対応を求められた場合と、途中でエージェントから人に切り替わった場合とでは、扱いが分かれるのでしょうか。
分かれます。最初にユーザーがエージェントに問い合わせた時点で、最初から「人に対応してほしい」と要望されるケースが一つです。もう一つは、最初はエージェントが対応していたものの、途中で「エージェントでは対応しきれないので人にお願いしたい」となるケースです。
いずれにしても、フロント側の営業活動とサポート側の顧客対応の両方を通じての実践が、当社におけるトップダウンでの組織改革・営業改革、そして経営改革の事例になります。
自社を実験場へ 「納品して終わり」のシステム開発ではない
――「カスタマーゼロ」という考え方を、セールスフォースはどう位置付けていますか?。
カスタマーゼロとは、顧客に製品やサービスを提供する前に、まず自分たち自身がその使い手になるという考え方です。第1号顧客の前に「第0号の顧客」として自らが使い、良い点も課題点も洗い出してから提供しようという意味を込めています。
当社には経営の指針となる「トラスト」(信頼)「カスタマーサクセス」(顧客の成功)「イノベーション」(革新)「サステナビリティ」(持続可能性)「クオリティー」(品質)という5つのコアバリューがあります。カスタマーゼロの取り組みは、このうちトラスト、カスタマーサクセス、イノベーションという3つの価値を自ら体現する活動だと捉えています。
これは単に製品を良くするということにとどまりません。特にAIエージェントの時代になると、従来のソフトウェア開発や運用の考え方とは大きく変わっていきます。要件定義をしてシステムを作り、導入して終わりというプロジェクト型の進め方ではなく、常に育成し、成長させ続けるものだと考えています。
そのために社内でどのような役割が必要か、どのような人材が関わるべきかといったノウハウを自分たちの経験として蓄積し、それを顧客がAIエージェントを活用してビジネスを成功させるためのノウハウとして伝えていきたいと考えています。
ただし、全てがうまくいっているわけではありません。ここに至るまでにも数多くの試行錯誤を重ねてきましたし、これは単なる成功談ではないと捉えています。今後も顧客への提案とフィードバックを重ねながら、改善を続けていきたいと考えています。
なぜ「カスタマーサポート」から始めた? データとKPIが整う領域から着手
――AI導入の取り組みは、サポート領域から始めたとのことですが、それはなぜでしょうか。
実際には、サポート領域(カスタマーサクセス)を先に進め、そこで得たノウハウを営業活動の領域に展開するという順番で進めてきました。サポート領域から始めた理由は主に3つあります。
1つ目は、データがそもそも整っていたことです。既存顧客の情報をCRM上に整理していただけでなく、どのような質問にどう回答すべきかという点についても、マニュアルやリリースノートなどに蓄積され、構造化されたデータが既にありました。2つ目は、業務フローそのものを定型化していたことです。
3つ目は、成果を測るKPI(重要業績評価指標)が既に存在していたことです。一般的なコンタクトセンターでも、解決までにかかった時間やCSAT(顧客満足度を測る指標)といった指標があります。加えて当社では、エージェント単独でどこまで対応できたかも指標として可視化できるため、成果が分かりやすく、ROI(投資対効果)を示しやすいという特徴があります。
これをフロント側に展開したのが、今取り組んでいる「ナーチャリング(顧客育成)・エンゲージメント(関係構築)エージェント」の領域です。見込み客との対話を通じて興味関心を深める役割を担っています。
当社では役割分担が比較的進んでいるため、それぞれの役割が持つデータやKPIに合わせて、どの領域であれば最も早く効果を出せるかを検討し、まずWebサイトから流入する領域から着手しました。
サイトを訪れる顧客についても、役職や流入経路から「自社への関心度」(優先度)をスコアリング(数値化)しています。これまでは質の高低にかかわらず人が対応する部分がありました。AI導入後は、優先度が高くない見込み客の初期対応はエージェントに任せ、人は契約可能性の高い、つまり優先度の高い顧客対応に集中する役割分担に変えました。
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