2015年7月27日以前の記事
検索
連載

客離れを起こす“残念な値上げ”の特徴 物価高時代でも“買わせる”「値付け」の方程式 がっかりしないDX 小売業の新時代(1/3 ページ)

止まらない値上げ。小売業も値上げの見直しを迫られるが、原価に応じた一律値上げでは客足を遠ざけてしまうかもしれない。値上げ時代に求められる新しい価格戦略とはーー。

Share
Tweet
LINE
Hatena
-

連載:がっかりしないDX 小売業の新時代

デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。


 「原価が10%上がったから、全ての商品を10%値上げする」

 こうした考えは、小売企業の側からすれば管理も簡単ですし、一見、合理的な判断に思えます。しかし、その一律値上げが顧客にとって「この店は高い」という印象を生み、客足を遠ざける要因になるかもしれません。

 実は、同じ10%の値上げでも、商品によって売り上げへの影響は5倍以上も変わります。さらに、利益を左右するのは値上げ幅だけではありません。どの商品は価格を守り、どの商品で利益を確保し、どの商品へ顧客を誘導するか――。その設計こそが、小売企業の競争力を決めているといえます。

 年間2万品目を超える食品で値上げが続く時代。原材料の高騰が続く中、値上げは避けられません。しかし、一律値上げを続けるか、それともデータを武器に、客足を遠ざけない値上げを実現できるかで、小売店の未来は大きく変わります。

 今回は、価格弾力性やKVI(キーバリューアイテム)の考え方を基に、値上げ時代に求められる新しい価格戦略を解説してみたいと思います。

著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)

photo
photo

20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。

現職は小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」シニアフェロー Nextリテール分科会リーダーなどを兼務する。

公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇

公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質2025DX


値上げは「例外」ではなく「日常」になった

 値上げは、もはや一時的な対応ではありません。

 帝国データバンクによると、主要食品メーカー195社の2026年の飲食料品値上げは、1〜11月の判明分で1万8347品目に達しました。年間では2万品目台となり、2025年の2万609品目を上回る可能性があります。9月には4531品目で値上げが予定されており、これは内容量を減らす「実質値上げ」や、同一商品の年内再値上げも含む集計です。

 物価動向を見ても、食品価格の上昇は総合物価を上回るペースで続いています。2026年6月の消費者物価指数は、総合で前年同月比1.7%の上昇でしたが、食料は3.2%上昇しています。2020年を100とする指数でも、総合が113.6であるのに対し、食料は128.6です。

 こうした環境では「値上げするか、しないか」を議論する段階は過ぎました。小売業が考えるべきなのは、原価に応じて価格を決めることではなく、データを基に、売り上げや粗利益への影響を見極めながら価格を設計することです。

価格を10%値上げすると、本当に利益は増えるのか?

 値上げによって売り上げや利益がどう変化するのかを考えるうえで、重要になる指標があります。価格を10%上げた場合、購入する人はどれだけ減るのか。どの商品なら値上げしても買い続けてもらえるのか──。こうした問いにデータで答えるための基本的な考え方が「価格弾力性」です。

 価格弾力性は、価格が1%変化したとき、需要量が何%変化するかを示します。弾力性の大きさを比較するときは、絶対値を使うことが一般的です。

 食品など生活上の必要性が高い商品は、一般に価格弾力性が小さい傾向があります。つまり、価格が上がっても購入をやめる人が比較的少ない商品です。ただし、食品でも代替商品が多いものや購入を見送りやすいものは、価格弾力性が大きくなります。

 主要食品カテゴリーの価格弾力性を扱った160件の研究を整理したシステマティックレビューでは、食品・非アルコール飲料の価格弾力性は、絶対値で0.27から0.81の範囲でした。卵は0.27、チーズは0.44と低く、果物は0.70、牛肉は0.75、清涼飲料は0.79です。


価格を一律値上げすると、本当に利益は増える?(出所:ゲッティイメージズ)

 では、価格弾力性が低い商品と高い商品の違いは、実際の売り上げにどの程度影響するのでしょうか。

 この中で価格弾力性が最も低い卵と、最も高い清涼飲料について、価格を10%上げた場合に売上高はどう変化するのか単純計算してみます。

卵の価格を10%上げると‥‥?

 卵の価格弾力性はマイナス0.27です。販売数量は概算で2.7%減ります。値上げ前の売上高を100とすると、値上げ後は1.10×0.973=1.070です。つまり、販売数量は減るものの、値上げによる単価上昇の効果が上回り、売上高は約7.0%増えます。

清涼飲料だと‥‥?

 清涼飲料の価格弾力性はマイナス0.79です。つまり、価格を10%上げると販売数量は約7.9%減少すると考えられます。同じ10%の値上げでも、販売数量の減少幅が大きいため、1.10×0.921=1.013となり、売上高の増加は約1.3%にとどまります。

 このように、同じ値上げ幅でも商品によって売り上げへの影響は大きく異なります。

 卵のように生活上の必要性が高く代替しにくい商品と、清涼飲料のようにブランドやカテゴリーを切り替えやすい商品では、値上げ後の需要変化が違います。

 ただし、いずれの場合も粗利益額が増えるとは限りません。仕入れ原価の上昇幅と販売数量の変化を含めて判断する必要があります。

 また、この結果をそのまま日本の個別商品に当てはめることはできません。カテゴリー全体と、個別のSKU(Stock Keeping Unit:受注・発注や在庫管理を行うときの、最小の管理単位)やブランドでは弾力性が異なるからです。

 例えば「値上がりしたので牛乳そのものは買わない」という選択は少なくても「いつものメーカーの商品から、より安いPB(プライベートブランド)商品へ切り替える」という選択は起こります。

 小売業がデータとして見るべきなのは、一般論としての「食品の価格弾力性」ではなく、自社の店舗、商圏、商品単位での弾力性です。

 値上げ前後の販売数量を単純に比較しただけでは、価格弾力性は測れません。季節性、特売、競合価格、欠品、棚位置、天候などが販売数量に影響するからです。

 可能であれば、類似店舗を実施群と比較群に分け「価格を変えた店舗」と「変えていない店舗」を比較することで、価格変更による影響をより正確に測定できます。難しい場合も、POS、競合価格、販促、在庫、天候による影響を勘案し、価格変更による純増減を推計することが望ましいといえます。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

       | 次のページへ
ページトップに戻る