なぜ今、日本型「長期雇用」が世界で再評価されているのか 大転職時代の米国が抱えた“人材のトラウマ”:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
「ビッグステイ」(The Big Stay)なる言葉が米国で話題です。日本企業が手放した「長くとどまることで得られる果実」が、今やグローバルな再評価の波に乗って、原点回帰の様相を呈しているのです。
「長期雇用」は経営哲学である
例えば、最も先駆的かつ野心的にリスキリングに取り組んだとされる米国のAT&Tでは、2013年に10億ドルを投じて10万人のリスキリングを行う「ワークフォース2020」をスタート。今後の事業計画も具体的に示されていて、「企業が求める人材」を「今いる社員」に投資し、社内異動することで企業を活性化しています。
かつてハードウェア中心の伝統的な通信事業者からクラウド・ソフトウェア中心へとビジネスモデルの転換を迫られた際、AT&Tは社内分析によって「約25万人の従業員のうち、10万人のスキルが数年以内に陳腐化し、仕事がなくなる」という衝撃的な事実に行き当たりました。
そこで同社が選んだのは、10万人を一度レイオフして外から新しいデジタル人材をごそっと採用し直すという安易な道ではありませんでした。莫大(ばくだい)な採用コストや、長年培われた組織知見の喪失リスクを冷静に計算し、経営陣は「自社に長くいるメンバーを育成し直す」という長期雇用を前提とした方針をあえて選択したのです。
当然、総額10億ドル規模を投じたこの大改革の本質は、社員向けのお勉強支援ではなく、経営陣が次に目指す事業ポートフォリオに合わせ、必要な未来の役割とスキルマップを全社に可視化した「経営戦略との完全な同期」です。
その結果、10万人以上の従業員が再教育され、新しい技術系・管理職ポジションの過半数を外部採用ではなくリスキリング済みの既存社員で埋めることに成功しました。AT&Tの事例は「長期雇用を維持・成功させるために、経営戦略として巨大なリスキリング投資をセットで行う」という、世界でも象徴的なケーススタディーです。
そもそも、日本では「長期雇用」を「制度」と見ているようですが、これはあくまでも「経営哲学」です。働く人たちが安全に暮らせるようにすることを、企業の最大の目的と考えた経営者が「人」の可能性を信じた。その思いが従業員の「この会社でがんばって働こう。この会社の戦力になりたい!」という前向きな力を引き出し、企業としての存続を可能にするのです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)、『働かないニッポン』 (日経プレミアシリーズ) 、『伝えてスッキリ! 魔法の言葉』(きずな出版)など。
新刊『「老害」と呼ばれたくない私たち 大人が尊重されない時代のミドル社員の新しい働き方』(日経BP 日本経済新聞出版)発売中。
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