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「AI使ってやりました」でシゴデキ認定? 企業のAI活用が“自己目的化”するワケ「キレイごとナシ」のマネジメント論(3/4 ページ)

生成AIの活用を促す企業が増える一方、「AIを使った」という事実そのものが評価され、肝心の成果やアイデアの中身が置き去りになるケースもある。なぜ企業のAI活用は目的化するのか。社内コンテストを題材に、その構造と落とし穴を解説する。

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AIリテラシーが低いほど、AIを妄信してしまう

 残念ながら、AIリテラシーが低い人ほど、AIを使うことで何かすごいことが起きていると、妄信する傾向がある。

 AIを使って作られたものというだけで、内容の良し悪し以上に評価してしまうのだ。本来問うべきは、「そのアイデアが会社の付加価値をどう高めるか」であって、「そのアイデアをAIで作ったかどうか」「AIでプレゼン資料を作成したかどうか」などは関係がない。

 私が最も重要だと考えているのは、評価者の資質だ。

 社員に対して「画期的なアイデアを出してほしい」と呼びかけ、それを審査し評価する。しかし、その評価者は、本当にそのアイデアが画期的かどうかを判断できるのだろうか。

 例えばフィギュアスケートの審査員は、その競技のプレーヤーとしての資質も兼ねそなえている。そうでない限り、選手たちは信頼して、その競技に打ち込むことはできないだろう。このような社内コンテストでも同じだ。

「画期的なアイデア」はコンテストで集まるのか

 そもそも画期的なアイデアは、期限を区切って募集すれば必ず生まれるというものではない。そして往々にして再現性も低い。ちょっとした業務改善の提案であれば、期限を決めて社員に呼びかけるという形式でも構わない。しかし、本当にイノベーティブなアイデアは、火山の噴火のように、ある日突然発生するものだ。

 そして厄介なことに、火山の噴火のように誰の目にも明らかな形では現れない。そういうアイデアが芽生えたとき、その価値を見抜ける人が近くにいなければ、どうなるか。

 「バカなことはやめておけ」

 「そんなことをやってうまくいった会社なんて、見たことも聞いたこともない」

 と、その場で切り捨てられてしまう。

 つまり、コンテストという仕組みが成立するためには、優れたアイデアを出す社員以上に、そのアイデアの芽を見抜ける評価者が存在している必要がある、ということなのだ。しかし多くの企業では、「誰が審査するか」という点にはほとんど注意が払われていない。役職者に依頼すれば、本当に正しい審査・評価がされると思ったら大間違いである。

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