「月90時間残業」「ミスで数千万円規模の被害」 建設現場を悩ます「工事写真の整理」はAIで解決できるのか(2/3 ページ)
「工事写真は手作業が当たり前」。長年放置されてきた月90時間もの泥臭い写真整理業務を、大幅に時間短縮したプロダクトがある。建設業界の不条理に挑んだ元・現場監督の取り組みを取材した。
「外注NG」「撮影漏れ厳禁」 現場監督が一人で抱え込むリスク
なぜ、これほどの作業負担が特定の立場の人に集中しているにもかかわらず、解決されてこなかったのか。そこには建設・プラント業界ならではの「属人化」と「リスク」の構造が存在する。
1つ目は、アルバイトや外部の事務員への代行(外注)が難しい点だ。工事現場の厳重なセキュリティの問題に加え、最大の障壁は「現場の専門知識」にある。何百とある工程や配管、鉄筋の組み方を熟知した人員でなければ、数百あるフォルダのどこにどの写真を格納すべきか判断がつかない。
「同僚や後輩に頼みたくても、彼らも自分の現場で手いっぱい。結局、現場をいちばん知っている現場監督が一人で抱え込むしかない構造なんです」(森川氏)
2つ目は「撮り忘れ」がもたらす致命的なリスクだ。施工が進んでコンクリートを流し込んだ後では、施工前の写真の撮り直しは不可能になる。万が一、撮影漏れが発覚した場合、コンクリートを削って解体した上での再撮影を求められることもあるという。
「私自身、撮り忘れによって数百万〜数千万円規模の損害につながる恐怖を味わったことが一度だけありました。撮影漏れを防ぐために細かなチェックリストを自作して厳重に注意していても、数万枚という膨大な写真と何百もの工程の中でヒューマンエラーをゼロにするのは至難の業です」(森川氏)
さらに現場の負担を重くするのが、自治体や官庁、民間企業など発注者ごとに提出用報告書のフォーマットが異なる点である。既存の工事台帳作成ソフトは固定フォーマットにしか対応しておらず、発注者ごとに異なる仕様へ柔軟に対応することは難しかった。
DX推進により効率化が進む部署がある一方で、工事写真台帳業務は年々規制が厳格化し、現場監督の負担も比例して大きくなっていたのだ。
開発に3年半 「現場で手入力させない」AI工事写真アプリ
森川氏は自身の経験から「この面倒な作業負担を劇的に減らすアプリを作りたい」と思い立つ。実務をこなす傍らで事業アイデアをまとめ、虹技の経営陣にプレゼンを敢行。社長から「やりなさい」と背中を押された。経済産業省の「出向起業等創出支援事業」に応募して採択を受け、2022年に起業へと踏み切った。
アプリ開発で森川氏が最もこだわったのは「現場で一切の手入力をさせない」ことだった。
工事現場ではデジタル端末よりも手書きの黒板の方が優れている場面がまだ多く存在している。悪天候や土埃や粉塵が舞う環境でも使え、手袋をしたままでもチョークでサッと書き直せる手軽さが機能的だからだ(画像:筆者撮影)
当時、建設業界向けの写真アプリ自体は他社からもリリースされていた。しかし、その多くは事前に工事情報を手入力したり、現場で手袋を外してスマートフォンを操作したりする必要があった。
「現場の職人や高齢の監督層は、ITツールに対して強い苦手意識を持つ人も多いです。ただでさえ忙しい現場で、手袋を外してスマホを操作するアプリは使われにくい。だからこそ『現場では写真を撮るだけ。あとの面倒な作業は全てAIが自動でやる』というコンセプトにしました」(森川氏)
この「写真を撮るだけ」を実現するため、AIの自動認識・分類精度の向上には3年半の歳月を要した。川崎重工業などの協力を得ながら実際の現場でのデモ運用と、現場からのフィードバックによる改善を繰り返し、ようやく納得のいく形にまとまったという。
こうして完成したのが「AI工事写真アプリCheez」だ。スマートフォンや従来のデジカメで撮影した写真データをアップロードするだけで、AIが黒板や工程情報を認識し、各発注者の仕様に合わせて分類、整理、台帳作成を一括で自動完了させる。さらに、発注者が作成した仕様書や施工計画書をAIに学習させることで、次に何を撮影すべきかタスク指示を出す機能も実装し、撮り忘れリスクも防止できるようにした。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
「潰れたって聞いたよ」 倒産寸前から年商2.5億円へ、二度の経営危機を乗り越えた「トタンバケツメーカー」
「オバケツ、潰れたって聞いたよ」。一時は年商500万円まで落ち込んだ「トタンバケツ専門メーカー」はどのように自社ブランドをを磨き上げ、経営危機を乗り越えたのか。取材した。
小学生が10分のレクチャーで溶接作業 97年続く町工場が導入した「溶接ロボット」の実力
小学生が10分のレクチャーで遠隔での溶接作業を完了させた。そんなロボットを、97年続く老舗町工場が国内で初めて導入した。熟練工不足に悩む中小製造業で、採用や技術継承の常識を変える挑戦を追った。
AIで月「400時間」「紙6000枚」削っても「そんな数字どうでもいい」 町工場が1億円規模のシステム内製で得たもの
「業務時間を何時間削減したか」は、AI活用の真の目的ではない――。金沢市の町工場、岡田研磨が進めるのは、AI時代の競争力となる「会社の記憶」の蓄積だ。

