動画配信「6000億円市場」の主導権争い なぜRIZINはU-NEXTを離れ「ABEMAを選んだ」のか?(1/2 ページ)
定額制動画配信市場が6000億円を突破し主戦場が「解約防止」に移る中、コンテンツ企業側がプラットフォームを「選ぶ」主客逆転が起きている。今期に年商100億円を見込む格闘技イベント「RIZIN」は、有料配信収益の事業再投資を条件に、配信をABEMAへ一本化した。長年のパートナーU-NEXTとの契約終了と「ゼロ回答」の裏にあった事業構造の違いとは。買い手と売り手の関係から「共創関係」へ挑むコンテンツビジネスの生存戦略に迫る。
定額制動画配信(SVOD)市場が6000億円を突破する中、コンテンツを持つ企業(コンテンツホルダー)が、配信プラットフォームを「選ぶ側」へと立場を変えつつある──。
SVOD市場で、ユーザーが複数サービスを掛け持ちする状況が定着し、配信プラットフォーム事業者の主戦場は「新規獲得」から「解約防止」へとシフトしている。
各社がユーザーを引き留めるための独占コンテンツ確保に走る一方、コンテンツを供給する企業側にも構造変化が起きている状況だ。単に配信権を切り売りし、映像を流してもらうだけの「依存モデル」では、次のコンテンツを育て、事業を拡大するための資金も機能も生まれない。ではプラットフォーム事業者は、コンテンツ企業の成長にどこまで関わるべきなのか?
この問いに、明確な条件を示したのが格闘技イベント「RIZIN」(ライジン)を運営するドリームファクトリーワールドワイド(東京都港区)だ。2025年11月期には年商85億円を突破し、今期は100億円達成を視野に入れる同社は、有料配信をサイバーエージェント傘下のAbemaTV(東京都渋谷区)が運営する配信プラットフォーム「ABEMA」へ一本化する大きな賭けに出た。2026年8月までは大手ストリーミングサービス「U-NEXT」や「スカパー!」など複数の配信プラットフォームで配信していた。
ドリームファクトリーワールドワイドCEOの榊原信行氏が配信プラットフォーム各社に示していたのは、単なる配信権料の増額ではない。「(視聴者が大会ごとに料金を支払って視聴する課金方式である)ペイ・パー・ビュー(PPV)収益の一部を、RIZINの事業成長へ再投資すること」という強気な条件だった。
パートナーであったU-NEXTとの契約終了の経緯、そして配信をABEMAに一本化した決断の真意を榊原氏に聞いた。プラットフォーム時代を勝ち抜くコンテンツビジネスの生存戦略に迫る。
榊原信行(さかきばら のぶゆき)RIZIN FIGHTING FEDERATION CEO、ドリームファクトリーワールドワイド社長。大学卒業後、東海テレビ事業に入社。「K-1 LEGEND 〜乱〜」や「UWFインターナショナル名古屋大会」などのイベントをプロデュースする。1997年には「PRIDE.1」を開催。2003年にはPRIDEを運営するDSEの社長に就任。2007年に売却するまで「PRIDE」の躍進に貢献する。2008年には「FC琉球」のオーナーとして自ら経営に携わり、2009〜2013年にかけてはJFL(日本フットボールリーグ)の理事にも就任。2015年に実行委員長として「RIZIN FIGHTING FEDERATION」を立ち上げた(2025年6月の札幌大会での榊原信行CEO、撮影:佐藤匡倫)
市場規模6000億円超 独占コンテンツを巡る熾烈な争い
コンテンツホルダーの強気な姿勢の背景には、急速に成熟する配信市場の構造変化がある。
2025年の国内SVOD市場規模は推計6017億円で、前年比14.3%増と成長が再加速した(GEM Partners「動画配信(VOD)市場5年間予測(2026-2030年)レポート」より)。市場を押し上げているのは新規利用者の増加ではなく、1人当たりの支出額と契約サービス数の増加だ。1人が使うサービス数は、前年の1.8から2.0に増えた。各サービスの利用者数は微増にとどまるものの、1人が複数サービスを契約することで、のべ利用者数が押し上げられた格好だ。
視聴者の配信サービス掛け持ちが進む中で、事業者の関心は「どう新規会員を集めるか」から「どうすれば解約されずに済むか」へ移ってきた部分がある。契約を続けてもらう決め手になるのは、そのサービスでしか見られない独占コンテンツだ。しかし映像を流すだけでは、コンテンツホルダー側の事業が大きくならず、次の作品や大会を制作する資金も、新しい選手を育てる仕組みも生まれない。だからこそRIZINは、単なる配信権料を超えた「再投資」を、プラットフォーム側に求めたのだ。
市場規模は6017億円に拡大。Netflixが金額ベースでのシェアを5.6ポイント伸ばし27.1%に。上位3社で市場の過半を占める(GEM Partners「動画配信(VOD)市場5年間予測(2026-2030年)レポート」より)
「チャネルを絞る」リスクを取ってもRIZINが求めた「先行投資」
一般的に販売チャネルを絞れば、その分だけ販売機会も減る可能性が高い。しかしRIZINは今回あえて「チャネルを絞る」という決断をした。9月10日の京セラドーム大阪大会から、ABEMAでの配信に集約する。
従来は複数の媒体でPPVチケットを販売していた。今後はABEMAが「公式メディアパートナー」に就任し、大会中継に加えてオリジナル番組の制作にも関与する体制へ移行する。
一本化に踏み切った理由を、榊原氏は「RIZINが発足から11年目を迎えました。今後は日本発のRIZINを世界に展開することを目指し、事業規模をさらに拡大させていきます。その資本政策を進めるためには、経営基盤を安定化させ、会社を強靱化(きょうじんか)する必要がありました」と説明する。
2025年から配信各社に打診していたのは、配信権料の増額ではない。事業成長に向けた数十億円規模の先行投資だったという。
交渉の舞台裏 ABEMAが応じた「構造的な理由」とは?
榊原氏の説明によれば「PPVチケット収益の一部を、RIZINの事業成長に再投資してほしい」という条件を最初に打診した相手は、U-NEXTだった。しかし条件面での折り合いはつかなかったという。
U-NEXTは2月、シンガポールを拠点に活動する格闘技団体「ONE Championship」(ワン・チャンピオンシップ)と、5年間・60大会の独占配信契約を結んだと発表している。それに加えて、世界最大の総合格闘技団体である「米UFC」や、独自ブランドのボクシング興行「U-NEXT BOXING」(ユーネクスト・ボクシング)など複数団体の大会を配信している。多くの団体・競技をそろえることによって、会員が見たい試合に出会える確率を高める設計だ。
格闘技以外にも多くのスポーツコンテンツに加え、映画など幅広く網羅するU-NEXT。サブスクリプション(月額課金)を軸にしたサービスを展開するU-NEXTにとって、単一IP(知的財産)への「事業再投資型」の出資よりも、幅広く有力コンテンツをそろえる調達戦略を取る経営判断は、同社の事業モデルに沿った極めて合理的な選択といえる。
榊原氏は、U-NEXTとの関係について「一生のお別れをするということではない」とも述べており、将来的な再提携の可能性は残す姿勢を示している。
結果的に今回の提案に応じたのは、ABEMAだった。RIZINの独占配信権を保有するのは、美藤宏一郎社長率いる東証プライム上場のエムアップホールディングス(東京都渋谷区)で、AbemaTVへ配信を許諾する形をとった。
エムアップホールディングスは「これまで培ってきたデジタルコンテンツおよびエンターテインメント領域におけるノウハウを活用しながら、RIZINコンテンツのさらなる価値向上と視聴機会の拡大に取り組んでいる」とし、今回の許諾を通じて「格闘技コンテンツおよびPPV市場のさらなる発展を目指す」としている(エムアップホールディングス ニュースリリースより)。
ABEMAの仕掛け人の一人、サイバーエージェント常務執行役員の藤井琢倫氏は「RIZINは世界に誇る日本の強力なIP。ABEMAとしても世界で愛される団体へと押し上げたい」と意気込む。ABEMAが先行投資に踏み切れた背景には、他社との事業構造の違いがある。ABEMAはテレビ朝日とサイバーエージェントの共同出資によって2016年に開局し、登録不要・基本無料で視聴できる約25チャンネルを24時間編成する。
無料配信と有料配信(ABEMAペイ・パー・ビュー)を併せ持ち、番組制作機能も持つ。テレビ朝日が母体にあるので、コンテンツを制作するDNAがあることに加え、RIZINへの投資は、そのまま自社の番組資産としても回収できる構造にある。RIZINの販促に至っては、テレビ朝日系列でのCM展開を含めれば、無料配信、有料配信、地上波というトリプルメディアでの露出も可能だ。
RIZINとABEMAの関係は、今回が起点ではない。決定付けたのは2022年6月19日、那須川天心選手、武尊選手らが出場した格闘技イベント「THE MATCH 2022」(東京ドーム)だ。地上波中継が直前に取りやめとなりABEMAのPPV独占配信のみとなったこの大会で、視聴チケットの販売数は50万件を突破。同日のABEMAへの来訪者数は開局以来の最高値を記録した(関連記事)。チケット単価が5500円だったことを考慮すると、PPV収入は25億円を優に超える。
「2022年のTHE MATCHの時にABEMAさんと初めて一緒に組ませていただいて、ABEMA独占で53万件という、とてつもない金字塔のPPV販売件数を叩き出しました。そのタイミングから常にRIZINを支えてくれるパートナーとして取り組んできました」(榊原氏)
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