日比谷線・六本木駅から徒歩10分あまり、六本木ヒルズや東京ミッドタウンにほど近い西麻布の静かな路地裏に、「Bar Orange(バー・オレンジ)」はある。 見過ごしてしまうような小さな看板。階段を下りた先には、静かで、重厚、硬質な空気が広がるバーカウンター。金属とコンクリートの緊迫感の中に、無垢のケヤキのカウンターと季節の花がそっと温もりを添えている。 |
階段を下りるのをちょっとためらうかもしれないが、心配はいらない。硬質な店内の雰囲気とは裏腹に、店主・中山憲昭さんの接客は柔らかく、温かい。そしてなにより、バーへの興味を胸に訪れる人との出会いを、中山さん自身が楽しみにしている。 「17、8年バーの仕事をやっていますが、客として初めてのバーに行くときは私だって緊張します。でも、日常のアクセントとして、そんな緊張感を楽しんでいただきたいですね。それに長居をせずとも1〜2杯だけ召し上がって席を立つ、そんなスマートな振る舞いができるのも、ショットバー、オーセンティックバーの良いところですから」(中山さん) |
Bar Orangeの店名は、スタンリー・キューブリック監督の映画「時計じかけのオレンジ」にちなんだもの。壁には和田誠氏によるキューブリック監督の肖像画や、映画のシーンがさりげなく飾られている。映画は観客を日常から解き放ってくれるが、Bar Orangeの空間も、そんな非日常を与えてくれるだろう。 ところで、どこかで食事をした後にバーに立ち寄るというのが容易に思いつくバーの使い方だが、中山さんは「食事の前にバーに寄るのも、ひとつの使い方」と話す。豊富なお酒の種類、硬く締まった氷、注文を受けてから搾る果物……食事をともにする相手と、バーならではの品質で、最高の食前酒を味わう。もうひとつ“粋”を試みるなら、バーを待ち合わせの場所にする。ドラマのようだが、それもまた非日常の楽しみだ。 |
初めてバーに来て、どんなお酒を飲むか。“おまかせ”というのも、ひとつの選択肢だが、「どんなお酒が飲みたいか、少しでもヒントをいただければ」と中山さんは語る。本当に“まかせて”しまって、出てきたものが本人の気持ちや口に合わなければ、それはバーテンダーにとっても客にとっても不幸なこと。“さっぱりしたもの”“アルコールの軽めのもの”“甘くないもの”――そんな漠然としたひとことからでもいい。そこからコミュニケーションが始まり、バーテンダーは無数のレパートリーの中から目星をつけ、あなたのための一杯を作り出してくれる。 “あなたのための一杯”というと大げさに聞こえるかもしれないが、あなたが飲むジントニックと、隣の客が飲むジントニックは、実際に違うものかもしれない。カウンターを隔てて相手の顔を見、声を聞き、会話を交わす中で、ある時はアロマチックビターのアクセントを強めたり、ある時はグラスを変えてみたりと、バーテンダーの心意気がそれぞれに表現される。 |
もちろん、客からのリクエストだってある。何度も足を運べば「今日の、いつもとちょっと違うんです」とグラスを差し出されるかもしれないし、あるいは「いつもとちょっと違いませんでしたか?」と、後から聞かれることだってあるだろう。相手によって、無数の接客の仕方があり、カスタマイズされたサービスの形がある。そんな贅沢を味わえることがバーの醍醐味のひとつなのだ。 |
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取材・文/+D Style編集部
撮影/永山昌克
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