「ダ・ヴィンチ電子書籍アワード2011」大賞に輝いたのは?この電子書籍がすごい

メディアファクトリーは、「ダ・ヴィンチ電子書籍アワード2011」の審査結果を発表した。“電子書籍元年”の顔となった作品は? 何が鍵だったのか?

» 2011年04月28日 15時00分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 メディアファクトリーは4月27日、「ダ・ヴィンチ電子書籍アワード2011」の審査結果を発表した。

 同アワードは、電子書籍ブームを一過性のものに終わらせることなく、また、書籍文化・市場の活性化を目的に掲げ、メディアファクトリーが発行する文芸誌「ダ・ヴィンチ」の名を冠して創設されたもの。東日本大震災の影響で、審査結果の発表が1カ月ほど延期されていた。

 同アワードで候補作品の対象となったのは、2010年1月1日〜12月31日の期間にスマートフォンやタブレット端末向けに配信されていた電子書籍。アワードは「大賞」のほか、「文芸」「書籍」「コミック・絵本」といった部門賞と大賞、そして読者投票による「読者賞」が設けられていた。

ダ・ヴィンチ編集長の横里隆氏

 審査員を務めたのは、横里隆氏(ダ・ヴィンチ編集長)のほか、市川真人氏(早稲田文学主幹)、萩野正昭氏(ボイジャー代表取締役)、岡康道氏(TUGBOAT代表)、メディアジャーナリストの津田大介氏、AppBankを主宰する村井智建氏、そして歌手の一青窈さん。

 200を超える作品がエントリーしたという同アワード、そこから一次選考で絞り込まれた16作品が2月に発表され、二次選考と読者投票を経て、今回の審査結果へとつながっている。評価のポイントは、作品の内容である“コンテンツ”と、電子書籍ならではの“ギミック”で、この7名がそれぞれの立場から電子書籍の可能性を考え、電子書籍にはどのような未来があるのか、どのような可能性があるのかを議論しながらの選考となった。

大賞は「ヌカカの結婚/テロメアの帽子/カルシノの贈り物」

 この日、都内で開催された授賞式では、大賞および各部門賞、読者賞、特別賞が発表された。結果は以下の通り。

アワード 作品 著者/制作
大賞 ヌカカの結婚/テロメアの帽子/カルシノの贈り物 著者:森川幸人 制作:ムームー
文芸賞 歌うクジラ 著者:村上龍 制作:G2010
書籍賞 元素図鑑 The Elements in Japanese 著者:セオドア・グレイ 制作:Elements Collection、創元社
コミック・絵本賞 センネン画報 著者:今日マチ子 制作:ネットブーム
特別賞 適当日記 著者:高田純次 制作:ダイヤモンド社
特別賞 Jコミ 制作:Jコミ
読者賞 ママ、読んで! おやすみ前のおとえほん 〜読み聞かせ日本昔話〜 著者:守時タツミ 制作:エキサイト
ダ・ヴィンチ電子書籍アワード2011受賞作品

各部門賞はどこが評価されたか

 文芸賞に選出された「歌うクジラ」は、不老不死の遺伝子を巡る少年の冒険の旅を通じて、格差社会の行き着く先、再生への希望を描いた作品で、4年の歳月を掛けて村上氏が書き下ろしたもの。紙書籍に先行して電子書籍が出版されたことは、当時の状況(といってもまだ1年もたっていないが)を考えれば先進的な取り組みだが、何より、村上氏のようないわゆるビックネームの作家がそれを行ったことは大きな話題となった。村上氏は同書の発売後、電子書籍制作/販売を行う「G2010」を設立、業界に大きな波紋を引き起こしたことも記憶に新しい。

 同部門で最後まで審査員を悩ませたのは、歌うクジラと京極夏彦氏の「死ねばいいのに」の2作品。一時はダブル受賞の声も挙がったというが、G2010の取り組みなども含め、「リッチコンテンツとしての小説」という新しいジャンルの創造に果敢に挑戦した村上氏の姿勢が、電子書籍元年を大きく後押ししたパイオニアとして高く評価された。

 書籍賞に選出された「元素図鑑」は、世界を構成する118個の元素が、美麗な写真と科学的知見に基づいたユーモアあふれるエッセイで解説されたもの。iPadのCMなどにも登場し、2010年の電子書籍を代表する1作となった。

の今日マチ子さん 「作品の性格をよく理解してアプリを作っていただけたことに感謝している」と今日マチ子さん

 コミック・絵本賞に選出された「センネン画報」は、著者の今日マチ子さんが自身のブログでほぼ毎日更新している1ページ漫画が、書籍化を経て電子書籍アプリ化されたもの。電子書籍版では著者の一言解説などのギミックが、“静かな”作品という本質を壊すことなく実装されている。

 同作品では漫画のコマ割りを用いているが、今日マチ子さんは受賞のコメントで、「アプリというフォーマットから生まれる作品というのもあると思う。コマ割りが消失する日もくるのではないか」と話し、新しいメディアとの付き合い方にも積極的な姿勢を見せた。

左から「歌うクジラ」「元素図鑑」「センネン画報」

大賞作品が有していた“引き算の絶妙さ”

森川幸人氏 森川幸人氏

 そして今回のアワードで大賞に選出された「ヌカカの結婚/テロメアの帽子/カルシノの贈り物」。同作品は、2010年4月に「見て聴く絵本」3部作として配信開始されたもの。人間以外の生物にみられる残酷でユニークな生殖活動を描いた大人向けのやさしい科学絵本となっている。著者の森川幸人氏は、「ウゴウゴルーガ」や「がんばれ森川君2号」などの制作などにも携わった人物だ。

 大賞選出の理由について、審査員の市川氏は“引き算の絶妙さ”を挙げた。その前段の言葉から紹介しよう。

 「活版印刷技術の誕生以後、紙の本がもたらしたものは改めて語るまでもないが、それは一方で、“本”という存在のイメージを、あるいは文化そのものを知らず知らずのうちに規定していたのかもしれない。それが変わってきている。インターネット上ではそうした変化が先行して起こってきたが、それが本にもやってきたのだといえる」(市川氏)

 電子書籍だからといって、紙ではできなかったインタラクティブな機能をむやみやたらに盛り込もうとする動きは確かに目を引くが、それらは局所的には最適解であるように見えても、本という存在の最適解ではないかもしれないと市川氏は説明。「ヌカカの結婚/テロメアの帽子/カルシノの贈り物」は、電子“書籍”としてのバランスが追求されていると賛辞の言葉を贈った。

 森川氏も、「せっかく紙と違うからといって、あれこれと盛り込みたくなる衝動に駆られるかもしれないが、それが結果的にムービークリップのようなものになってしまったら、本の持つよいところがなくなってしまう」と述べたが、一方で、「電子書籍については、まだ誰も正解を見つけていない」とし、自らもその正解にたどり着けるよう精進したいと、飽くなき探求心を見せつけた。

 そのほか、特別賞を受賞した「適当日記」と「Jコミ」。前者は、「App Storeのランキングがゲームなどの娯楽アプリで占められる中、電子書籍として長期間ランキング上位にランクインし、風穴を開けた」(村井氏)ことが評価され、後者は、絶版漫画を広告付きで配信し、作家に還元する仕組みをしなやかに作り上げたことが評価された。


 iPadの登場などもあり、2010年は電子書籍がこれまで以上に注目を集めたが、そうした“電子書籍元年”を代表する作品を決めるアワードとなった「ダ・ヴィンチ電子書籍アワード2011」。紙も電子も同じ“本”としてとらえられるようになるまでは、まだ時間を要するだろう。今回アワードを受賞した各作品は、そうした過渡期の方向性を指し示す羅針盤として一読をお勧めしたい。

ダ・ヴィンチ電子書籍アワード2011受賞者たち

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