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» 2005年08月11日 20時12分 公開

OSDLのCEOに聞く――レイオフ、Bitkeeper、SCO(1/2 ページ)

OSDLのLinux開発者たちはBitKeeper騒動の乗り越え、かつての勢いを取り戻しつつある。知的財産権問題と欧州への浸透に向けて梶を切り積極的に取り組むOSDLのCEO、スチュアート・コーエン氏に話を聞いた。

[Jay-Lyman,japan.linux.com]

 今年の春に勃発したBitKeeper騒動でLinuxカーネルの開発は混乱したが、Open Source Development Labs(OSDL)のLinux開発者たちは、今、かつての勢いを取り戻しつつある。一方、OSDLは知的財産権問題と欧州への浸透に向けて梶を切り積極的に取り組むが、Linuxユーザーとプロバイダに対する今や「死に体」のSCO訴訟は静観する。OSDLのCEO、スチュアート・コーエン氏は、このように語った。

 インタビューは、オレゴン州ビーヴァートンにあるOSDLのオフィスで行った。OSDLは、先月、全部門から9名をレイオフしたが、それは経営の健全化と新しい目標に向けた活動に必要なことだったと、コーエン氏は説明した。OSDLは自らをベンダーに中立的なLinuxの守護者であると規定し、Linuxを生んだリーナス・トーバルズとコア・カーネル開発者たちを擁している。このことからLinux開発者のレイオフはOSDLの使命に反するという意見もあろう。しかし、コーエン氏は、今回のレイオフは業務上必要だったと主張した。OSDLの業務は、ソフトウェア・コードだけではないというのである。

 「Linuxの普及は、ただコードを開発するだけでは達成できません。ビジネスの問題があり、マーケットの問題があり、ITの問題があり、政府の問題があり、価格性能比の問題があります――コードを書く以外にもいろいろな問題があるのです。残念なことですが、OSDLの現状では一部の技術者に他所で働いてもらうほかはなく、それが財政的に賢明な施策だったのです」

 コーエン氏によれば、レイオフはOSDLの主要目標を変更した結果だという。2004年はISV活動・カーネル開発・SCO訴訟に絡む著作権問題・アジアへの浸透を主要な目標に据えたが、今年は著作権に代わって知的財産権(IP)を掲げる他、ライセンスの増殖問題・GPL 3.0・欧州への浸透を主要目標とすることにしたのだという。

 さらに、今回のレイオフ――技術部門は「2人」だけで、ビジネスとマーケティング部門の方が影響が大きい――は、OSDLの経営の健全性を維持することも目的の1つだったという。

 「こうした諸々のことのために、財政的な立場から必要なことをせざるを得ない状態になったのです。内部留保は十分、口座にも現金が豊富にあります。メンバーも売り上げも増えています。しかし、OSDLの収入はメンバー・クライアントに完全に頼っています――OSDLは非営利団体であると考えていますから、借金をして莫大な負債を抱えるようなことにはしたくありません。ですから、為すべき最善のことは何人かの方に辞めていただくことだと考えたのです。残念なことですが、減員は全部門に及ぶことになり、技術部門にも負担してもらいましたが、とりわけ営業とマーケティング部門には重いものになりました。注目を集めたのは技術部門でしたが」

gitでLinuxの開発を軌道に戻す

 ここ数カ月間OSDLを悩ませてきた論争は、レイオフだけではない。ソースコード・マネージャー(SCM)BitKeeperにまつわる軋轢もあった。この問題は、トーバルズ氏とSambaの作者「Tridge」ことアンドリュー・トリジェル(Andrew Tridgell)氏という2人のOSDLフェローを、Linux開発史上最大の衝突と思われる事態に巻き込んだ。この問題についてコーエン氏は、gitツールでのパフォーマンスと生産性はBitKeeperを使っていたころの水準になったと先月開催されたカーネル・サミットで開発者たちが報告したと述べた。

 「すべてはマクボイ氏から始まります」と、コーエン氏はBitKeeperの作者で創業者のラリー・マクボイ氏に言及した。「誰もが件の2人の開発者の問題と考えようとします。しかし、本当はマクボイ氏に始まるのです。彼はBitKeeperを開発する企業のCEOであり、その製品をトーバルズ氏やカーネル開発者の一部が使ったのです――使ったのは全員ではなく一部の開発者たちです」

 コーエン氏によれば、開発者たちが「何年も何年も何年もの間、夢見てきたこと」があるという。開発者たちは、オープンソースの強力なSCMが登場し、オープンソース製品だけを使ってLinuxカーネルを開発するという夢を抱いてきたというのである。それ故に、事態は白熱し、動いているLinuxの開発にも数多の論争が降り注いだ。しかし、コーエン氏は、コミュニティにとって、この問題は今では過去のものになったと主張した。

 「こうした状況から、オープンソース版SCMの開発が浮上しました。これにマクボイ氏が反応し、それが、トリジェル氏がオープンソース版SCMの開発に参加したくなる状況を作り出したのです。その結果、マクボイ氏は自分のコードを商用に限定し、トーバルズ氏はご存じの通りgitを開発しました。現在、カーネルはgitで回っています。すべての人が以前の状態に戻ったと言いたいですね。Linuxカーネル・プロジェクトに関わる誰にとっても、イライラと生産性低下の数か月間でした」

 「とても単純なことです。みんなとても熱心に作りたがった。そして、ご存じの通り『マクボイが動き、トリジェルが言い、トーバルズが行った』のです。結局のところ、それがLinuxカーネルのSCMに起こったことのすべてです。Linuxカーネルはトーバルズ氏が動かしており、彼のプロジェクトです。彼は自分に使いやすいSCMを使っています。ほかのカーネル開発者たちも自分たちに使いやすいSCMを使っています。オープンソースを望む人もいますし、BitKeeperが商用であることを嫌う人もいます。それは、わたしたちの問題ではまったくありません。しかし、多くの発言があり、多くの電子メールが飛び交い、ご想像どおり、それは激しい感情が伴うものでした。巻き込まれたのは件の3人だけではなく、おそらく数十人――数百人ということはないでしょう――が持論を戦わせました」

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