文書の電子化に踏み切る前に、知っておきたい電子文書の特性e文書法の活用術(3/3 ページ)

» 2006年01月30日 08時30分 公開
[佐藤慶浩,ITmedia]
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 その1つが電子文書の「原本性」である。報告書では「紙文書についても原本の意味は明確ではなく、電子文書についてのみ法的意味での原本や原本性の定義を検討しない」という総務庁(現総務省)が過去に示した考え方を踏襲するとしている。そして、同ページの脚注で、「医師が発行する処方箋について、交付の一回性(one and only)を確保する必要性があり、電子文書においてこれを実現することは困難であるため、処方箋についての電子的な交付は認められていない」という厚生労働省の報告書の一部を引用している。つまり、処方箋のような原本性を厳しく求められる文書については、電子文書の対象としない可能性が高いことを示唆している。

 このことは、一般の人からすると意外なことだと感じられるだろう。しかし、電子データは複製の痕跡を一切残さずに複製できるため、紙文書と異なり、原本性を保証することが技術的に困難なのである。現在の技術では、複製の痕跡を知るためには、当該の電子文書そのものではなく、それを保管するシステムや付加情報部分などで、複製の有無を検知するしか手だてがない。

 つまり、特定のシステムの中だけで運用される電子文書についての原本性は保証できる場合もあるが、電子文書単独でそれを保証させるのは困難であると考えるべきである。学術的な解として電子文書の原本性について否定するものではないが、現時点の実用性のある技術を用いて、広く認められる電子文書としての原本性を保証することはできないのである。

 民間同士の電子文書による取り引きであれば、原本性を第三者が保証するサービスを利用することができるが、行政がからむe文書法の世界ではこれと同じようにはいかない。民間の取り引きでは、その内容の重要性に応じて、信頼するサービスを当事者間で合意すればよいわけだが、行政文書の内容を民間企業のサービスで内容を証明するということはすぐには実現しないだろう。


 2回に分けて報告書の中でも補足が必要な部分に注目して説明してきたが、e文書法は文書の電子化における金科玉条ではないことを分かっていただけたと思う。報告書の第3章における「今後の課題」は、現時点では電子文書の十分条件についての一般解が存在しないということを示している。

 だが、この報告書が第1章で言及しているとおり、文書の電子化によって、企業が期待できる効果は確かに存在している。報告書が示した留意点などを参考に、適切なIT戦略を計画して着実に構築を行えば、その効果を得られるだろう。この報告書は、これまでの文書の電子化で得られた多くの知見がまとめられており、企業における文書の電子化、業務のIT化をする際にも参考となる有益な情報が含まれている。最終的に何らかの製品を売ろうとしているコンサルタントの話を聞く前に、この報告書を読んで勉強しておいた方がよい。「e文書法対応システム」という売り文句にだまされないための論理武装に役立つはずである。

 e文書法への対応を検討しているシステム担当者は、先人が経験した課題を知るためにも、報告書を一読することを推奨する。

佐藤慶浩

日本ヒューレット・パッカードの個人情報保護対策室長。経済産業省「文書の電磁的保存等に関する検討委員会」委員などを歴任し、現在は内閣官房情報セキュリティセンター内閣参事官補佐も併任している

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